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「麻吉旅館」生きた遊郭建築に泊まる ! お伊勢参り精進落とし

投稿日:2018-10-31 更新日:

Hamzo
伊勢神宮参拝と精進落としへ !


伊勢 古市 「麻吉旅館」

木々の葉が少しずつ色づき始め旅欲も高まってきた初秋、休暇をとって2年ぶりに三重県の伊勢に行って来た。 伊勢神宮参拝が主な目的だったが、かねてから一度は行ってみたいと思っていた江戸時代の歴史的大遊郭建築に泊まり、当時の人々がお伊勢参りの後に楽しんだという “精進落とし” の気分を少しばかり味わってきた。

かつての伊勢には 江戸の “吉原” そして京都の “島原” と並んで、日本三大遊郭 として大きな賑わいを見せた町があったのをご存知でしょうか?

“精進落とし” とは…

寺社巡礼・祭礼・神事など、精進潔斎(肉・魚の類を口にせず、飲酒・性行為などを避け、おこないを慎むことによって、心身を清浄な状態におくこと)が必要な行事が終わった後に、肉・酒の摂取や異性との交わりを再開したりすることなどを言う。 かつての伊勢巡礼では、おかげ参りで伊勢に向かう道中で身を謹んでいた巡礼者が、参拝後に精進落としをするため遊郭へと繰り出した。

引用:wikipedia

“おかげ参り” と精進落としの町 “古市” のこと


伊勢神宮 内宮

What’s “おかげ参り” ?

江戸時代に日本全国の庶民の間で大人気だった “伊勢神宮” 。 「伊勢に行きたい、伊勢路が見たい、せめて一生に一度でも…」と伊勢音頭に歌われたように、かつて伊勢神宮への参拝は庶民の夢であり憧れでもありました。

多い年には10人に1人の日本人が伊勢神宮参拝に赴いていたそうです。


伊勢神宮 五十鈴川

なかでも江戸時代に、度々くり返された伊勢神宮への集団参詣を “お蔭参り” といいました。 豊作も商売繁盛も伊勢の神の「おかげ」にひっかけているのですが、なんと数百万人の規模の群衆が、全国各地から一挙に伊勢へ押し寄せる訳です。

20年周期で行われる “式年遷宮” があった翌年を、世間が明るくなる「おかげ年」といい、その年の参拝「おかげ参り」こそが、ご祭神の天照大神、豊受大神の大きなご利益があるとされてきたようです。

車や鉄道などが無い時代、江戸からは片道15日間、大阪からでも5日間、東北地方からも100日ちかく歩いて、人々は参詣に赴きました。江戸時代のある記録によると、おかげ年に箱根の関所を通過して伊勢へ向かう民衆は1日2,500人から2,600人に及んだという。


伊勢参宮「宮川の渡し」 出典:wikipedia

江戸時代、大人気であり、絶えず多くの人が集まる伊勢神宮の周辺地域には、やがて自然発生的に大歓楽街が形成されます。

伊勢神宮の “内宮” “外宮” のちょうど中間付近のまち「古市」。 古市は参拝を済ませた人々たちの “精進落とし” の場として大いに栄え、大道芸人や遊女たちが旅人を迎え、やがて一大遊郭としての賑わいを見せる事になります。


伊勢参宮名所図会「古市遊郭」  出典:wikipedia

最盛期の江戸時代中期には、妓楼や置屋などが70軒以上建ち並び、遊女の数は1,000人を超えたという古市遊郭。 十返舎一九の “東海道中膝栗毛” でも、弥次さん喜多さんが古市に訪れたことが描かれています。

旅人たちは酒と料理を堪能しながら、大勢の遊女が踊る伊勢音頭をたいそう楽しんだとか。 長い旅と伊勢神宮参拝を終えた後に、心ゆくまで楽しむ “精進落とし” 、これも江戸時代の人々が伊勢に行きたかった理由の一つなのかもわかりませんね。

生きた遊郭建築 “麻吉旅館” へ !

古市遊郭は先の戦災によって大きな被害を受け、現在は閑静な住宅地となり当時のまち並みなどの面影はありませんが、古市参宮街道から細い路地へ少し歩を進めると、突如として江戸時代の風情が漂う大建築が姿をあらわします。

「麻吉旅館」は古市の中で往時を偲ぶ唯一の宿屋。 往時は “花月楼 麻吉” の名で多くの芸妓を抱えたお茶屋でした。もともとは伊勢神宮へ “麻” を納めていた商売をしていたのが始まりともいわれ、“麻屋吉兵衛” の名を世襲したことから「麻吉」が屋号になったという。

正確な創業年は不明な様ですが1782年(天明2年)の街並図に “麻吉” の名前が記されている事から、築年数は200年を超えると言われ、現在は本館や土蔵、最上階の聚遠楼などが伊勢市の登録有形文化財にも指定されています。

6層からなる本館や蔵、別棟などが石階段の両側を囲み、この建築のシンボル的な渡り廊下が二つの棟を繋いでいる。

古市丘陵の斜面に沿って階段状に建てられた外観は独特で、急斜面に沿って造られる “懸崖造り” という建築様式にあたります。寺社建築では京都の清水寺とか、鳥取の投入堂などと同じ建築様式ですね。

“麻吉旅館” 妖艶な夜の景観


夜になると提灯や石段に設置された照明の灯りが建物を照らし、より一層趣きや情緒がが増して幻想的な雰囲気に辺りが包まれる。独りで写真を撮っていると、程よく呑んだ酒のせいもあって、遠い過去の世界にタイムスリップしたかのようにも思えた。

元遊郭の陰影

宿部屋として使われている部屋は現在6室あるようです。 僕が今回泊まったのは10畳程の部屋で、いたってシンプルな和室でしたが、元遊郭ということもあってか、どこかエロティックな雰囲気を漂わせていた。気のせいかな?(笑)

幾つもの建物が複雑に繋がり、階段や渡り廊下で結ばれた館内はまるで迷宮のよう。 屋内の廊下部分に建物の軒先が顔を出したりしているところを見ると、何十年とかけて、増築や増床を繰り返しながら今の形になった事がうかがえる。

館内には観光者や外国人向けに「江戸時代の遊郭の風情を再現しましたよー」的な、わざとらしさなど一切なく、そこにあるのは時を重ねて層をなした多様な歴史のみ。それがかえって時の一大花街古市の旅情をそそっている様な気がした。

麻吉の代名詞 “聚遠楼”

麻吉旅館の代名詞とも言えるのが “聚遠楼” と呼ばれる最上階の大広間。 明治期には、楼上からの眺望がよい料理屋兼旅館 聚遠楼 として知られていたらしい。座敷2間で33畳という広さもさることながら、窓からは朝熊山のパノラマが望めるという。

まとめ

長い歴史と共に生きてきた麻吉旅館も、まず現在の建築基準法や消防法では同じ規模の木造建物の再建築は不可能だと思います。こうした歴史的な木造宿は、一度朽ちたら二度と蘇らない運命の宿が多いので、一度は見ておきたいという方々も多いとか。

二世紀以上の築年を重ねた、これだけの大建築を修理しながら維持していくのは相当な苦労と費用がかかると思いますが、この先も長く、伊勢の歴史を伝えるランドマークとして生き続けて欲しいと思います。

古建築好きの建築屋としては、また次の伊勢神宮参拝もこちらの宿にお世話になろうと心に誓った。

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麻吉旅館 伊勢旅館組合HP

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