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奇跡の「賓日館」と伊勢神宮にまつわる建造物を巡る建築オタク旅

投稿日:2018-11-11 更新日:

Hamzo
建築を巡る伊勢の旅路 !


伊勢神宮「宇治橋」

伊勢神宮で20年に一度行われる、神宮最大のお祭り “式年遷宮” はとても興味深い。

式年遷宮とは、内宮・外宮の正宮と14の別宮が20年に一度、隣の敷地に同じ姿で社殿を建て替えて、御神体を遷すという、1,300年前の奈良時代から続く神事のこと。直近では平成25年に62回目のアップデートが古式のままに行われました。

20年という周期は、宮大工の技術継承や建物の劣化などを考えて、長い歴史の中で決まった様ですが、いつ来ても清らかさを感じる伊勢神宮の空気は、定期的に建て替えが続けられ、常に新しく美しい社がそこにあるからなんだろうな…と思う。

伊勢神宮「内宮」

日本の一般住宅のスクラップアンドビルド(建て替え)のサイクルが欧米諸国のそれよりもかなり短くて、家を “リフォーム” して住み続けるより、新しく建て替えてしまう “新築” の思考の方が強いのは、ひょっとすると日本人のDNA的なものなのかな?

さて、「神都」の異名を持つ伊勢には、伊勢神宮にまつわる興味深い歴史的建造物がいくつか点在しています。

外宮から内宮へとお参りを済ませ、定番のおかげ横丁で赤福や伊勢うどんを楽しむのもいいけれど、建築好きなら是非行ってみて欲しい、伊勢神宮ゆかりの建築を巡ってみましたので、どうぞ最後までお付き合い下さい。

奇跡の賓日館

賓日館 は、伊勢神宮に参拝する賓客の為の休憩・宿泊施設として、1887年(明治20年)神宮の崇敬団体 “神苑会” により二見浦に建設された建造物。

“二見浦” は古代より海の聖地として発展した場所で、明治15年には日本初の国指定海水浴場が開設されるなど、癒しの場としても知られてきた観光地です。お伊勢参りの前に身を清める “禊の浜” としても良く知られていますよね。


二見浦「夫婦岩」

賓日館は明治期の開館以降、歴代の皇族をはじめ、各界要人が宿泊された施設とあって内外部共に品格ある佇まいを見せています。見る人を圧倒させる大建築であり、立地も “夫婦岩” から徒歩で10分もかからないぐらいなのですが、見学客が意外なほど少ないのには驚いた。

120畳敷の大広間

賓日館の何が “奇跡” かというと、その「建築工期」。 明治20年3月に明治天皇の母 “英昭皇太后” が伊勢神宮を参拝される事になり、それに間に合わせるために、前年の12月に着工し、翌年の2月には竣工させるという大突貫工事で建てられたのです。

その工期なんと2ヶ月!? たった2ヶ月余りで、日本建築の粋を凝らした大御殿を完成させたのです。建築に携わっている人間なら、この工期がいかにありえないものかが分かると思う。

現在でも40坪程度のプレハブ住宅を建てるのに最短でも3ヶ月はかかるというのに、130年以上も前の時代、これほどの品格を持つ重厚な設えの日本建築を2ヶ月という短工期で造りあげたというのは、驚異どころか奇跡と言ってもいいのではないだろうか。

昭和初期に行われた大増改築工事によって現在の形となったそうですが、新築当初からいづれの普請にも一流の建築家が携わり、選び抜かれた材を用いて、一級の職人の技で造られた御殿は、2ヶ月という工期の短さを知らなくても見る人に等しく感動を与えると思う。

賓日館は二見浦の歴史と文化を伝える建築として、2008年(平成20年)に国の重要有形文化財にも指定されています。 時の皇族や要人が伊勢神宮参拝の前に訪れた大建築には静かで厳かな時間が流れておりました。

神宮徴古館 & 農業館


神宮徴古館

神宮徴古館 農業館 の設計者は宮廷建築家の “片山東熊”  。明治期の本格的な西洋建築を手掛けた日本で最初の建築家であり、東京国立博物館や京都国立博物館、赤坂離宮(現・迎賓館)などの現存する作品の多くが重要文化財や国宝に指定されています。

明治期の巨匠 “辰野金吾” と共に明治建築の一時代をつくった偉大な建築家としてもよく知られていますが、幕末生まれの彼らが手掛けた明治期の名建築って、100年以上経つ今でも意外に多く残っているんですよね。

神宮徴古館

神宮徴古館は1909年(明治42年)に日本で最初の私立博物館として創設された伊勢神宮の「歴史と文化の総合博物館」。館内には伊勢神宮をより詳しく知ることができる、伊勢神宮の歴史や文化に関する資料が数多く展示されています。

ベルサイユ宮殿を模した前庭を持つルネッサンス式の西洋風建築は、備前花崗岩煉瓦石張りの外壁や、正面玄関奥の貴賓室など、華麗で壮大な雰囲気が感じられた。


神宮農業館

神宮農業館は伊勢神宮の御祭神である天照大神と豊受大神の御神徳を広め、「自然の産物がいかに役立つか」をテーマとした日本で最初の産業博物館。 平等院鳳凰堂をモデルとした和洋折衷デザインの農業館は、片山東熊の作品としては数少ない木造建築として知られています。

河崎のまちなみ

江戸時代から伊勢神宮への参拝客で賑わう “お伊勢さんの台所” として発展した問屋街「河崎」。 その昔、街の中心に流れる勢田川の水運を利用して、河崎には参拝客をもてなすための様々な物資が届けられました。

川に沿って石段の残る昔ながらの商家や蔵が、往時の姿を今に残しています。古い町家や黒塗りの蔵が建ち並ぶまちなみは、なんともノスタルジーな雰囲気を醸し出しています。 凝った観光整備がされているわけではなく、普段着の生活と歴史がうまく共存している。

勢田川に面して門戸を開く独特の川沿い景観と、切妻の妻入り町屋が特徴的。川や道に面して一軒でも多く問屋や店舗が建つようにと、狭い間口で奥行きのある建物が連なっている。

遊郭建築 “麻吉旅館”

江戸時代に庶民の間で大ブームとなった伊勢神宮と、数十年周期に起こった伊勢神宮への集団参詣 “おかげ参り” 。数百万人の規模の群衆が、全国各地から一挙に伊勢神宮へ押し寄せたといいます。

絶えず多くの人が集まる伊勢神宮の周辺地域には、やがて自然発生的に大歓楽街が形成され、伊勢神宮の “内宮” と “外宮” のちょうど中間付近のまち 古市 は “精進落とし” の場として大いに栄え、やがて一大遊郭としての賑わいを見せる事になります。

古市遊郭は先の戦災によって大きな被害を受け、当時のまち並みなどの面影はありませんが、古市の中で往時を偲ぶ唯一の建物が築200年を超える木造の大建築「麻吉旅館」

“花月楼 麻吉” の名で多くの芸妓を抱えたお茶屋は、現在も、現役の旅館として伊勢神宮へ訪れる旅人を迎え入れています。

まとめ


伊勢神宮「五十鈴川」

お伊勢さんのならわしに順って外宮から内宮へと詣でる。 特に内宮は早朝参拝をおすすめしたい。

朝またぎの宇治橋を渡れば、凛とした空気に包まれる。 まだ人もまばらな神苑を歩いて、禊の御手洗場へ向かう。五十鈴川の流れに浸して手水を済ませて、いざ内宮の御正宮へ。

あらゆる生命を育む太陽の女神 “天照大御神” をお参りすると身が引き締まり、嗚呼、やっぱり伊勢に来てよかったなぁ…という気持ちになる。

参拝を終えた後は、早朝から営業している外宮前の “あそらの茶屋” でゆっくりと朝粥をいただく。


あそらの茶屋の「朝粥」

今回は麻吉旅館に一泊し、早朝から伊勢神宮の神々しさに触れた後、大好きな建築巡りをした訳ですが、古くから日本人が足しげく通い続ける神宮の偉大さとか歴史スケールが、今までの伊勢旅行より少しばかり深く理解出来た様な気がする。

次の式年遷宮には還暦になっている自分を想像すると、いまいちぴんとこないけど、できればあと2回、神様の大祭りをこの目で見てみたい。

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今回行った場所

賓日館  公式ホームページ

神宮徴古館  公式ホームページ

神宮農業館 公式ホームページ

河崎

麻吉旅館 伊勢旅館組合HP

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