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京都・滋賀

「京町家」の再生現場で京都市の歴史がチラッと垣間見えた件

投稿日:2018-06-26 更新日:

Hamzo
京町家再生 !

建築に携わる仕事をしていると “古い建築物” の改修工事に関わりを持てたり、歴史的建造物の改修保存に深く携わっている人から詳しい話を聞けたりする。意外な苦労話なんかも聞けたりして結構おもしろい。

僕が直接携わっているのは住宅関連なので、自らが深く関われるのはいわゆる「古民家系」の改修やリノベーションといった類の仕事になります。

一口に古民家と言っても年代や地域によって仕様は様々。一般的には “伝統的軸組工法” によって建てられた木造建築を指します。

「古民家」という言葉の響きだけで言うと、田舎の田園風景に佇む茅葺き屋根の家屋を想像してしまいますが、都会のまちなかにも築100年を優に超える日本家屋が建っていたりします。

関西には意外と多く古民家が残ってるんですよね。

古民家とは・・・

古民家(こみんか)は、日本住宅の類例の一つ。民家のうち、特に建造されてから時を経たものをいう。古民家の定義には、どの時代に建てられたものか、あるいは建造され何年を経たものを指すかの定義はないが、通常は戦前以前のもの、特に大正以前のものをさすことが多い。

また、その建築方式が釘などを使わない伝統的日本建築で建てられた建物を特定することが多い。最近の日本では、こうした伝統的軸組工法の合理性、耐久性が見直されつつあり、取り壊される寸前の古民家を再生する試みなども多く行われている。

(中略)

古民家に使われている木材は、現在のハウスメーカーに代表される安易な方法とは異なり、いわゆる適材適所が採用され、腐りやすい部分には欅、栗、檜などが使用され、梁には強度の高い松、内装には杉などの目に優しく木目の美しい木材や、調湿効果に優れた素材が使い分けられる。このため、メンテナンスさえ怠らなければ、200年から300年は持つように作られている。

引用:Wikipedia

そう、Wikipedia さんの言う様に、良い材で丁寧に作られた古民家はメンテナンス次第でとても長持ちする様に出来ているのです。

京町家の再生現場にて

先日、仕事関係で京町家の再生現場に立ち会う事ができました。残念ながら物件に関するディテールは書けませんが、工事現場は京都市内中心部に建つ、推定築年数120年の京町家になります。

京町家の定義とは?

京町家もいわゆる古民家の一種で、その定義もさまざまある様ですが、一般的には現行の建築基準法が施行された、1950年(昭和25年)以前 に京都市内で建てられた、伝統的軸組工法の木造家屋ことを言います。

敷地形状は、うなぎの寝床といわれるように奥行が長く、間取りには、通り庭・続き間・坪庭・奥庭を保っているか、それらを過去に有していた建物が京町家と呼ばれます。

解体すれば見えてくる “家の履歴”

現場は 厨子二階(つしにかい)の典型的な京町家。今回の計画は、京町家の外観意匠や主要構造は昔の名残りを残しながら、住宅以外の用途にコンバージョンするという計画。

僕が現場行った時には屋内の解体がほぼ終わり、通り庭にも足場が建てられた状態でした。

古民家に限ったことではありませんが、壁の中や床下などの隠蔽部分を解体して素っ裸にしてみると、工事前に目視では分からなかった家の履歴を垣間見る事ができる。

土台や柱、横架材などの構造材が途中で継ぎ足してあったりすると、過去に漏水や蟻害などのトラブルがあった事がわかるし、土間のレベル(高さ)が家の途中で微妙に変わっていたり、異なる材料が隣あったりしていると、そこから増築を行った事が容易に推測できます。

現場であるこちらの京町家に関していうと、隣家取合いからの漏水に悩まされた家屋である事が想像できました。土壁が部分的に崩れてしまって、下地の竹小舞が露出している箇所がポツポツと見受けられます。直下の土台も過去に入れ替えた形跡があったので、腐食によって交換したのかもわかりません。

年季の入った土壁を眺めていると、たいへん興味深いものを見つけました。

明治生まれの京町家

改修前の旧家を拝見すると、和紙や新聞紙が貼られた土壁を目にする事が多い。これは土の剥落や隙間風などを防ぐ為に貼られたものですが、今、見るとそれ自体がアートの様な風合いを醸し出していて、古いモノや歴史が好きな僕にはたまらない。

なかでも壁の中から顔を覗かせる “新聞紙” からは、その当時の世相が垣間見えたりしてとてもワクワクします。

現場の土壁に貼られた “朝日新聞 京都附録?” には「明治三十五年」とあります。やはり、推定築年数とおり120年以上前の京町家ということがわかりますね。こちらの家屋、 京町家のなかでは古い部類に入ります。

実は意外と新しい? “京町屋”

平安時代から都があった京都だけに、京都の町家もさぞかし古いものばっかりだと思われがちですが、意外と新しいものが多いんですよね。

2016年の実態調査では、現在 約40,000軒 の京町家が現存しているという。そのうち、江戸期のものが2% 明治期のものが14%程度と、全体の2割以下が明治時代以前の建物で、それ以外のほとんどは明治時代以降の近年に建てられたものなんです。

元治の大火 “どんどん焼け”

1864年(元治元年)幕末の混乱期、長州藩勢力が京都で市街戦を繰り広げた “禁門の変(蛤御門の変)” が起きました。これに伴う大火「元治の大火」 “どんどん焼け” で、御所のある一条から七条通りの東本願寺にいたるまで、京都の中心市街地にあった建築物はほとんどが焼失してしまったのです。

なので、現存する京都市内の町家のほとんどは、それ以降に建てられたものになるわけです。

まとめ

京都のまちを歩いていると、京町家が解体されている光景に出くわす事がたまにあります。

最近の京都市の広報資料に「7年間で5,602軒の京町家が消失」というものがありました。京都の歴史的な町並みの景観をかたちづくる、京町家が現在、危機にひんしているという。

背景には相続問題や維持管理などの難しさがあり、京町家をマンションや駐車場に転用する動きが止まらないといいいます。

確かに京町家のみならず、古民家は維持コストが莫大にかかる為、「できる限り後世に残したい」との思いを持つ一方で、手離す事を余儀なくされる方も多いのが現実。

また、一方、そもそも家主が自宅を “京町家だと認識していない” ? なんていうデータもある様です。2001年の調査では、自分が住んでいる家が京町家だと認識していたのはわずか27%で、「町家風の建築物」としたのも18%。半数は「え?普通の木造住宅でしょ」という認識だったらしい(苦笑)。

京都市では、拍車がかかる京町家の減少に歯止めをかける狙いで、京町家が集積して町並みを形成している地域では事前届け出を義務化したり、2018年度には京町家の外観改修費の助成制度を創設する方針を決めました。

僕は歴史情緒のある京都のまちが好きなだけのミーハーな大阪人なのであまり勝手な事は言えませんが、これら、行政の試みによって、一軒でも多くの伝統的な「京町家」が後世に残る事を期待しています。

では、また!

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