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兵庫

西のコンドル「アレクサンダー・ネルソン・ハンセル」の異人館を巡る

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S.L
神戸異人館へ!


旧グッゲンハイム邸

偉大なるコンドル

「日本近代建築の父」と呼ばれた ジョサイア・コンドル は、日本の近代化における西洋建築の導入と発展に大きく貢献した人物としてよく知られている。

イギリス人のコンドルは、明治10年に日本政府の招聘しょうへいを受けて24歳の若さで来日し、工部大学校(現東京大学工学部)の教師として教鞭に立ち、西洋文化の普及を推し進めるべく建築学を教えた。またその傍らで、自ら西洋館の建築も数多く手掛ける。

コンドルの教え子には、辰野金吾たつのきんご片山東熊かたやまとうくま曽禰達蔵そねたつぞう佐立七次郎さたちしちじろうなど、後の建築界を代表する日本人建築家のビッグネームが名を連ねる。そういう功績からも日本建築界の礎を築いたと言えるだろう。


鹿鳴館

西洋文化を積極的に導入し、近代化を急いでいた往時の明治政府にとって「西洋式の建築」は文明の象徴として捉えられ、国際社会において近代的なイメージを確立するためにも不可欠な要素だったと言われている。

明治16年、コンドルの手によって鹿鳴館ろくめいかんが日比谷に完成した。赤い絨毯、煌めくシャンデリア、西洋音楽、紳士淑女の華やかな衣装、交錯するカクテルグラス、甘美な社交ダンス。壮麗な洋館で繰り広げられた光景は、まさに文明開花という言葉の具現化であったに違いない。

コンドルが世に残した作品は、関東大震災や先の戦災で焼失したもの、また時代の流れによって取り壊されたものも多いが、氏の没後100年を迎えても尚、東京の一等地に幾つも現存している。


旧岩崎久彌邸

旧岩崎久彌邸(旧岩崎庭園)・旧岩崎彌之助高輪邸(三菱開東閣)・三井家迎賓館(綱町三井倶楽部)・旧島津忠重公爵邸(清泉女子大学)・旧古河虎之助邸(古河庭園)など、建築好きでは無くとも一度は耳にしたことがある洋館が多いだろう。

時の財閥や華族をクライアントとして、東京を舞台に活躍をしたジョサイア・コンドルだが、一方、コンドルとほぼ時を同じくして同国イギリスから日本へと渡り、西は「神戸」の地を舞台にして活躍し、西洋館を建てまくった建築家が居た事をご存知だろうか?

アレクサンダー・ネルソン・ハンセル と 神戸居留地

Alexander Nelson Hansell

アレクサンダー・ネルソン・ハンセル は、1857年 フランスノルマンディー地方カーンに生まれた。イギリス人の牧師であった父のペーター・ハンセルがサマセット州の教区長に任じられると、父とともにイギリスへ渡る。

イギリスで建築を学び、建築家としてのキャリアを築いた後、明治21年(1888年)31歳で来日する事となった。

日本では大阪の川口居留地の神学校や大阪商業学校で英語教師を務めた後、建築家として活動することになるのだが、このあたりの経歴は何処となく W.M.ヴォーリズ とよく似ている。


神戸倶楽部

ハンセル最初期の作品として、明治23年(1890年)の同志社大学ハリス理化学館と、同年に建てられた神戸倶楽部のクラブハウスが挙げられるが、この神戸外国人居留地での仕事をきっかけとして、同居留地内、さらには周辺の雑居地において多くの設計を手掛ける事になった様だ。

ハンセルと異人館

現在も神戸に残された「異人館」と呼ばれる建物を訪れてみると、A.N.ハンセルの設計による建築である事が驚くほど多い。

幕末期まで静かな農村地帯だった神戸は、明治元年の開港以降、貿易港として急速な発展を続けた。外国人が居住する居留地が設けられ、貿易業や商業が活発化してゆく。それに伴い人口も急増し、都市としてのインフラ整備が進み、短期間で近代的な港湾都市へと生まれ変わった。


旧神戸居留地

開港当時には200人余りだった在留外国人数も、ハンセルが神戸での活動を始める明治20年代には700人まで増え、住宅戸数も3倍以上に増加していた。また、この頃は開港当初に急場しのぎで建てられた建物が、再び建て替えられる時期にも当たっていた。

従って、当時の神戸は、ある種の住宅バブルの様な状態であり、ハンセルが建築家としての手腕を余す事なく発揮し、活躍できる需要が相当数あったと考えられる。

その様な神戸の時代背景と共に、ハンセルが有した権威あるイギリスの建築家組織「英国王立建築家協会」のフェローという肩書きは、神戸に居を構えた外国人にとってブランドであったのかも知れない。因みに、この肩書きを持つ建築家は、当時の日本にコンドルとハンセルの2人しか存在しなかった。

それでは一世紀以上前に建てられ、神戸の歴史を見てきたハンセルの作品たちを見ていこう。



シュウエケ邸

北野異人館街のメインストリートである山本通に沿って立つ シュウエケ邸 はハンセルの代表作の一つであり、当時の異国情緒あふれる神戸の雰囲気を今に伝えている。

明治29年(1896年)にハンセル自身の邸宅として建てらてた住宅建築で、ゴシックを基調するコロニアルスタイルの洋館だが、屋根には鯱が設けられ、庭園には石灯籠が配置されるなど、日本の伝統的な要素も取り入れられている。

内部には年代物のフランス製家具や豪奢なシャンデリア、暖炉などが配され、クラシカルなインテリアで統一されている。壁面には明治時代の浮世絵などが飾られており、当時の芸術文化を感じることができる。

当館は昭和20年の神戸大空襲で大きな被害を受たが、戦後にユダヤ人のシュウエケ夫妻が建物を譲り受け、修復を行った上で居宅として使用するようになったという。

邸内に設けられたギャラリーには、建築様式の解説と共に貴重なコレクションが展示され、日本の異文化交流が花開いた国際都市神戸の往時の賑わいを偲ぶことができる。現在、シュウエケ邸は通年の一般公開はされていないが、定期イベントなどのタイミングで見学が可能だ。

旧ハッサム住宅

旧ハッサム住宅 は、インド系英国人貿易商のJ・K ハッサム氏の自邸として、1902年頃(明治35年)北野町に建てられたもの。昭和期に所有者となっていた神戸回教寺院が神戸市に寄贈し、現在は元町山手の相楽園そうらくえんに移築保存されている。

入口の大きなアーチと2階の窓の連なる広いベランダが美しく、1階をアーケード式、2階はコロネード式としている。ベランダの柱頭部には、アカンサスをモチーフとした柱頭飾りが設けられており、この建物の大きな特徴の一つとなっている。

延床面積100坪の旧ハッサム住宅は、一部屋毎の間取りがかなり広めに設計されており、1階は主に応接室・居間・食堂などのゲストルーム機能を兼ねた部屋で構成されている。

白の漆喰塗りで仕上げられた天壁と、濃茶のオイルステインで仕上げられた床材が上品に調和し、階段室や玄関・ホールには羽目板張りの重厚な腰壁が設えられている。

2階は主に寝室や子供部屋、浴室などの家族の生活の場としてのプライベートフロアとして構成されていて、インテリアは1階の設えと比較して、やや軽やかな印象を受ける。

旧ハッサム住宅は、明治時代の異人館の特徴を伝える建築として評価され、昭和36年に国の重要文化財に指定されている。当館は通常、外観のみの見学となるが、例年、春期と秋期に内部の一般公開が行われている

旧ハンター住宅

現存する神戸異人館の中では最大規模の 旧ハンター住宅 は創建時から2度も移築され、現在は重要文化財として神戸市灘区の王子動物園内に保存公開されている建築だ。

元々は明治23年(1890年)頃にドイツ人のグレッピー氏が北野町に建てたもので、ハンセル設計と推測されている。築年がちょうど神戸倶楽部の建設と同時期となり、ハンセルの設計であれば神戸での活動最初期の作品となる。

明治40年(1907年)頃に イギリス人実業家のエドワード・ハズレット・ハンター氏が建物を譲り受け、同じ北野町内に移築し、その際に大幅な改造が行われている。北野町には同邸在りし日の名残でハンター坂という地名がある。

創建時は開放的なベランダであったが、日本の風土に適さないという理由で窓ガラスが全面に嵌め込まれ、現在の特徴的な外観となっている。可愛らしくデザインされた窓枠から屋内に注ぐ光がとても温かく美しい。

1階に玄関ホール・書斎・食堂・応接室を配し、要所に設えた大理石のマントル・ピースやブロンズのシャンデリアなどが、当時の豪華な面影を偲ばせる。階段ホールには、英国から取り寄せたというステンドグラスが英国ジョージアン風の趣きを呈している。

2階にはベランダに面して寝室と居間が並び、溢れる優しい光が各部屋に運ばれている。

北野町から昭和38年に王子動物園に移築されて、既に60年以上が経つ旧ハンター住宅だが、数年先の園内再開発計画によって、北野地区への再移築が検討されているらしい。出来れば元々のハンター坂に戻ってきて欲しいところだ。



旧ゲンセン邸

現在は中華民国留日神戸華僑総会の施設となっている白亜の異人館は、明治42年(1909年)にドイツ人実業家ゲンセン氏の邸宅として、ハンセルの設計によって建てられたものと言われている。

当建築はこれまでに大規模な改修が行われてこなかったことで、創建当時の面影が色濃く残こされている。

旧ゲンセン邸も旧ハンター住宅と同じく、創建時のベランダ部分を後から窓ガラスで覆った意匠となっている。大きな改修が行われていない事もあり、元ベランダの床が、排水用途で外側に向かって傾斜しているのがよくわかる。

同様のベランダを窓で覆った外観意匠を持った異人館が幾つか現存しているが、これは神戸地域特有のもので、他ではみられないものだという。やはり、吹き付ける冬場の六甲おろしが、当時の訪日外国人にも相当堪えたのだろう。

旧ゲンセン邸は、通常一般公開されていないが、メールか電話で事前に申込みを行えば見学も可能との事だ。

旧シャープ住宅

北野異人館街で「萌黄の館」として知られる重要文化財の 旧シャープ住宅 もハンセルの設計と推測されている。

アメリカ合衆国総領事ハンター・シャープ氏の邸宅として明治36年(1903年)に建てられた、典型的なコロニアル様式の建築だ。装飾の基本はバロック様式で、2つの異るデザインのベイ・ウインドーやモザイク装飾の階段など、随所に贅沢な意匠が見られる。

萌黄色の外壁に包まれる当邸宅は、とくに窓から海に向かっての眺めが素晴らしく、2階のサンルームからは神戸の美しい街並みを楽しむ事が出来る。 旧シャープ住宅(萌黄の館)は、常時一般公開されているので、洋館好きなら一度は訪れてみたい建築だ。

旧グッゲンハイム邸

神戸塩屋の海を臨む旧グッゲンハイム邸は、 明治大正期に神戸に滞在したドイツ系アメリカ人の貿易商の家族にその名を由来する、コロニアルスタイルの洋館だ。明治41年(1908年)頃にハンセルの設計で建てられたと推測されている。

塩屋地区は六甲山系の西端にあたり、山と海が近接した風光明媚な小さな街。

明治期後半、神戸市以西の鉄道開発が始まったことをきっかけに、それに携わった外国人技術者たちが塩屋周辺の山麓に自宅として洋館を建てる様になり、いつしか海からすぐの傾斜地に幾つもの洋館が建ち並ぶようになったと言われている。最盛期には70戸程の洋館が立ち並んだ。

明るいコロニアルスタイルの外観意匠と、白と青緑の色使いが、海と空の青によく調和してどこか南国の雰囲気を漂わせる。白と青緑を基調とした明るいコロニアル様式で、5連アーチの柱で分けたベランダや張り出し窓が特徴的だ。

2階ベランダから望む塩屋海岸の美しい景観と一体になった開放的な室内空間が、この建築の大きな魅力となる。

2000年頃から空き家となり、阪神淡路大震災の被害等も重なり一時は取り壊しの話が出ていたが、地元塩屋在住の森本一家が保存及び維持管理のために私財を投げうって当邸を購入した。

修復作業完了後、森本アリ氏による管理のもと貸会場として一般開放し、コンサートや結婚式場、 文化教室が開かれるなど地域の人々に親しまれている。また、毎月一度だけ一般への無料公開がされているので、近くの ジェームス邸 と併せて訪れてみてはどうだろうか。



あとがき

現存するハンセルの作品は、主にコロニアル様式の住宅建築が多いが、往時に手掛けたものは、バロックスタイルのデラカンプ商会、クイーン・アン・スタイルの平安女学院明治館など、商業建築やミッションスクールと多岐にわたっている。

J.コンドル と A.N.ハンセル、同時期にイギリスから海を渡って来日し、互いに異なる個性を持ちながらも、其々のフィールドで西洋建築の導入によって近代化を促進した2人の作品群は、現在も人々に感動を与え続けており、日本の建築史において重要な遺産となっている。

共通点の多い2人ではあるが、当時、何かしらの交流があったという記録は今のところ発見されていない。

Alexander Nelson Hansell

ハンセルは第一次世界大戦に一人息子のケネスが招集され、戦死すると失意の日々を送るようになり、終戦後の1920年(大正8年)に中国へ移住し、さらにモナコへと移り、同地にて生涯に幕を閉じたといわれている。

神戸の歴史のなかで、戦災や震災を乗り越えてきたハンセルの神戸建築群が、街のランドマークとして、これからも末永く人々に愛されていく事を願う。

今回行った場所

シュウエケ邸

旧ハッサム住宅

旧ハンター住宅

旧ゲンセン邸(中華民国留日神戸華僑総会)

旧シャープ住宅(萌黄の館)

旧グッゲンハイム邸

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