「鳳明館 本館」文京区 本郷の坂上に残された、明治の記憶をたどる

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S.L
本郷の壮大な木造建築

東京都文京区本郷。近代日本の知性が集い、今なお明治の残り香が漂うこの坂の町に、奇蹟のようにその姿を今に留める、至宝と呼ぶにふさわしい木造建築があります。

1898年(明治31年)に建設された、登録有形文化財「鳳明館ほうめいかん 本館」。120年を超える歳月を経て、日本の木造建築文化の粋を閉じ込めた「生きた美術館」とも呼べるこの空間は、幾度もの消滅の危機を乗り越えてきました。

本稿は、筆者が2026年4月末の休館を前に、当館を訪れた際の記録です。その数奇な歴史と、職人の技と遊び心が光る細部の意匠、そして都内に残された稀有な大規模木造建築の魅力について綴ります。

明治の記憶と文豪たちの足音

文豪たちが愛した本郷の地に、鳳明館 本館が産声を上げたのは、日本がまだ近代化の激流の中にあった時代のこと。当初はエリート学生たちのための下宿として設計されました。玄関の木戸を引き、一歩足を踏み入れれば、そこには現代の都心では、そう滅多に味わうことのできない、濃密な時の積層とも言えるノスタルジックな空間が広がっています。

関東大震災では本郷台地の強固な地盤に助けられ、東京大空襲という戦火をも潜り抜けて残ったその姿は、まさに歴史の目撃者とも言えるでしょう。

一度はマンション開発による取り壊しの淵に立たされましたが、情熱ある決断によって救われ、今まさに「これからの再生」という新たな旅路に踏み出そうとしています。長年磨き込まれた柱の艶や、微かに軋む床の音は、単なる宿泊施設という枠を超え、日本の居住文化の変遷を静かに語りかけてくるようです。

鳳明館が位置する本郷は、明治時代に帝国大学(現・東京大学)が開校したことで、日本最大級の下宿街として発展を遂げました。最盛期には500軒もの下宿が軒を連ね、全国から集まる秀才たちがこの地で夜を徹して研鑽を積んでいました。

周辺には夏目漱石、森鴎外、樋口一葉といった文豪たちが居を構え、数々の名作の舞台ともなっています。鳳明館自体にも、のちに外務大臣として降伏文書に調印した重光葵が学生時代に下宿していたという記録が残されています。

興味深いのは、この地の発展を支えたのが岐阜県西美濃地方出身の経営者たちであったという史実です。本郷最初の下宿「菊富士楼」の成功を受け、同郷の者たちが次々と上京しました。

彼らの故郷は水害に悩まされる「輪中」地帯であり、自然の脅威に立ち向かうために培われた「助け合いの精神」が、資金援助や建材の共同購入という形で強固なコミュニティを形成し、日本一の下宿街を創り出す原動力となりました。

戦後、時代が下宿から旅館へと移り変わると、鳳明館は修学旅行生の定宿として黄金期を迎えます。20台もの観光バスが坂道に列をなし、館内には生徒たちが持参した米袋が山積みになる。写真の静けさからは想像もつかないような活気が、かつてのこの空間を満たしていたのです。

下宿から旅館へ、変遷を刻む館内

木造地上2階、地下1階建ての構造を持つ鳳明館本館は、下宿時代の名残を色濃くとどめています。最も顕著なのは、客室に「踏込(前室)」がほとんどない点です。廊下の襖を開ければ即座に畳が広がるこの造りは、プライバシーよりも学生同士の垣根のない交流が重んじられた、下宿建築ならではの合理性を示しています。

建物の構成は、採光と風通しを確保するために中庭を囲む、回廊式の「日の字」型で形成されています。廊下に沿って整然と客室が並ぶこの機能的な配置は、図らずも江戸から昭和へと続く「妓楼建築」の意匠とも重なり、当時の木造大規模建築における空間構成の妙を今に伝えています。

現在ロビーとなっている空間も、かつては吹き抜けの中庭でした。旅館への改装時に屋根がかけられたため、往時の陽当たりや景観とは姿を変えていますが、建物の変遷を肌で感じることができます。現役で使われ続ける木製サッシから漏れる柔らかな自然光は、古い木材が放つ落ち着いた香りと相まって、来訪者を遠き日々へと、音もなく誘ってくれます。

朝日の間

本館2階に位置する「朝日の間」は、鳳明館の中でも特に格調高い床の間を備えた一室です。かつてはこの部屋から遠く富士山を望むことができたため、学生たちを鼓舞する意味を込めて、朝日ひのでの象徴としてこの名が付けられました。

床の間にはケヤキ、モミジ、サルスベリといった多種多様な銘木が贅沢に組み合わされており、茶室のような侘び寂びとは一線を画す、装飾性の高い華やかな造りです。

天井近くに架け渡された力強い曲がりを持つ材は、空間に独特のリズムを与えており、木の癖を読み切った職人の技量が伺えます。また、天井の中央部が緩やかに膨らんだ弧を描くむくり天井の意匠が施され、平面的な和室に柔らかな奥行きを与えています。

ゑびすの間

本館で最も縁起が良いとされるのが「ゑびすの間」です。部屋全体が福を呼び込むための意匠で満たされており、まさにこの館の白眉はくびと言えます。

見上げれば、中央から放射状に木材が配された「傘天井」。末広がりの傘を広げたような形は、訪れる人の末長い幸せを願う吉祥の意匠です。床の間を支えるのは、うねるような質感を持つ珍しいザクロの木。その力強い姿は天に昇る龍を彷彿とさせます。

障子窓は全体が「打出の小槌」の形をしており、その中心には、釣り糸を垂れる恵比寿様の姿が、釘を一切使わない繊細な組子細工によって描かれています。隣に配された末広がりの三角形の窓は、松明や扇、あるいは恵比寿様が鯛を釣るための投網を表現しているとも言われています。

銘木が織りなす、ゆらぎの装飾美

鳳明館 本館を唯一無二の存在にしているのは、昭和11年にこの建物を買い取った当時の主人が、無類の「普請道楽」であったことです。主人は自ら市場で気に入った銘木を見つけては、その木の特徴を最大限に活かすデザインを職人と共に考案しました。


希少な屋久杉が天井に施された “あけぼの” の間

その結果生まれたのが、「一つとして同じ意匠の部屋がない」という驚くべき多様性です。屋久杉の天井、亀甲竹や四方竹を用いた床の間、磨き梅と呼ばれる独特の質感の床柱。自然な樹木の湾曲をそのまま活かした「狆潜ちんくぐり」や、柔らかくしなった材を配した廊下の欄間などは、直線を多用する現代の合理的な建築とは対照的な「ゆらぎ」の美しさを体現しています。

寝そべった際に見える景色にまで職人の遊び心が徹底された亀甲模様の網代天井や、ロビーの柱に使われたイチイ(岐阜県の県木)やエンジュなど、一本の柱、一枚の板にすら重層的な意味が込められています。

地下の浴場:ひょうたんと竜宮城

本館の地下へと階段を下りると、わずかにひんやりとした空気に包まれ、階上とは異なる静けさが漂っています。

大浴場のすぐ手前にあるのが、小ぶりな「ひょうたん風呂」です。その名の通り、柔らかな曲線を描く湯船の形は、古くから縁起物として親しまれてきたひょうたんを模したもの。鈍い光を放つタイルの質感が、どこか落ち着く慎ましやかな時間を演出しています。

その先に控えるのが、愛好家の間で「竜宮風呂」と称される大浴場です。浴室へ入ると、そこには戦前のタイル職人たちが腕を振るった、魚たちが泳ぐ鮮やかなタイル壁画が広がっています。壁面を彩るモザイクタイルには、海亀やタイ、フグなどが色彩豊かに描かれ、地下の静けさと相まって独特の情緒を醸し出しています。

また、浴槽が非常に深く設計されているのも大きな特徴です。かつて300人以上の修学旅行生を効率よく受け入れるため、立ったまま浸かっても十分なほどの深さがあります。蛇口の数に限りがある中で回転率を上げるためのこの知恵もまた、往時の活気を伝える歴史的遺構と言えるでしょう。

意匠に隠された不死鳥の願いと遊び心

「鳳明館」という屋号と、随所に見られるモチーフには、再生への強い願いが込められています。

当初は「鳳鳴館」と記されていましたが、商売において「鳴(泣く)」を嫌い、「明」の字に変えられました。また、「関東大震災という大火から、不死鳥(鳳凰)のように力強く復活する」という切実な想いが屋号に託されています。

お帳場の窓の上に施された鳳凰の透かし彫りは、翼を広げ躍動感に満ちています。廊下や客室の各所に忍ばせた、幸運の象徴であるコウモリの切り抜きなど、細部の隅々にまで建物の安寧と宿泊者の幸福を願う精神性が宿っています。

失われゆく危機から、未来の遺産へ

120年以上の歴史を誇る鳳明館の歩みは、決して平坦なものではありませんでした。少子化に伴う修学旅行需要の激減、設備の老朽化、そして新型コロナウイルスの流行により、経営は深刻な打撃を受けました。

宿泊客が途絶え、ついに「マンション開発に伴う取り壊し計画」が浮上します。都心のあちこちで繰り返されてきた、歴史的建造物が重機によって破壊され、画一的な集合住宅へと姿を変えていく光景が、ここでも起ころうとしていました。

しかし、この文化の灯を消してはならないと立ち上がったのが、地元・文京区の建設会社でした。「歴史的価値のある建物は一度失えば二度と元に戻らない」という強い決意のもと、本館、台町別館、森川別館の3棟すべてを買い取り、保存・再生することを決断したのです。この英断により、鳳明館は間一髪で消滅の危機を免れました。

鳳明館、未来へと続く

現在、鳳明館は伝統と革新を融合させた大規模な再生プロジェクトを進行させています。

2026年夏の着工に向け、伝統的な意匠はそのままに、現代の快適さを備えた施設へと生まれ変わる準備が進められています。再生後は、訪日外国人客を含めた幅広い層に「日本のおもてなし」と「木造建築の粋」を伝える世界基準のヘリテージ・ホテルを目指しています。

宿泊料金は約1万円から20万円までと幅広く設定され、リーズナブルな客室から特別な滞在を提供する高付加価値な客室までを用意し、持続可能な運営体制を構築する予定とのことです。また、単なる宿泊施設に留まらず、かつて文豪たちが筆を走らせたように、新たな創作が生まれる場所、地域の歴史を学ぶ体験の場としての活用も計画されています。

本郷の坂の上に佇む鳳明館 本館。明治の職人のこだわり、昭和の賑わい、そして現代の再生への志を抱きながら、令和の時代においてより一層の輝きを放つその日が、今から楽しみです。

今回行った場所

鳳明館 本館

-文豪たちの軌跡, HERITAGE HOTEL, 東京

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