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旧朝香宮邸「東京都庭園美術館」白金台に建つアール・デコの館

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S.L
アール・デコの館へ!

What’s アール・デコ?

アール・デコ とは1920年〜1930年代にかけて流行したデザインのこと。工芸やグラフィック、ファッションや家具、工業製品から日用品まで、そして世界中の建築に取り入れられたデザインスタイルの名称だ。

アール・デコのデザイン様式は、そのひと時代前のアール・ヌーヴォーとよく比較される。アール・ヌーヴォーの造形は「曲線・有機的・非対称」であり、建築家ではアントニ・ガウディやエクトール・ギマールなどが分類される。

一方、アール・デコのデザインは「直線・無機的・左右対称・幾何学的」なのが特徴的。スッキリとした意匠は美しく機能的であり、近代的な都市生活に相応しいスタイリッシュな様式とされ、フランスで始まった後にアメリカで大流行した。

アール・デコの館

日本におけるアール・デコ建築の代表格といえるのが、旧朝香宮鳩彦あさかのみややすひこ邸、現在の東京都庭園美術館だ。

天皇家の親戚で皇位継承権を持つ家の事を「宮家みやけ」というが、朝香宮は明治39年に鳩彦王が創立した宮家である。

明治期から昭和の終戦までの大日本帝国憲法下では、陸海軍の統帥権は内閣から独立した天皇の権限とされた。そこで、皇族に連なる宮家の男子の多くは幼少期から軍人としての教育を受け、国家火急の事態には、天皇に代わって戦陣に立つのが責務とされた。

明治天皇の長女允子内親王と結婚した朝香宮鳩彦親王は、大正11年、フランスに軍事留学へ旅立った。渡欧中のパリで開催された「アール・デコ博覧会」で見た建築に感銘を受け、それらをモデルとして帰国後に建てたのが朝香宮鳩彦王の自邸となる。

昭和8年、緑豊かな白金台に建てられた旧朝香宮邸の外観は至ってシンプルで、アール・デコというよりモダニズム寄りといったところ。よく見ると、下屋のパラペットに幾何学模様のレリーフ、窓上の通気口に直線と円弧を組み合わせたモチーフなどが施されている。

旧朝香宮邸の基本設計は、宮内省内匠寮たくみりょうの建築家 権藤要吉が担当している。権藤は上野の現 東京国立博物館本館の実施設計や、李王邸(現 赤坂プリンス クラシックハウス)を始め、東伏見宮邸、高松宮邸などを手掛けた、当時の宮内省きっての設計者だ。

玄関横の両袖には、アール・デコの館らしからぬ青銅色の狛犬が睨みを効かせている。これはオーナーである朝香宮鳩彦王の要望で置かれたらしいが、内匠寮の設計士一同はかなり反対したそうだ。

ラリックとラパンの世界観

玄関ポーチを潜るとガラスレリーフに四体の女性象が描かれた玄関扉が正面で客人を出迎える。レリーフの作家はフランスのガラス工芸家「ルネ・ラリック」。旧朝香宮邸の為に制作したという繊細なレリーフは、描かれた翼が女体と共に浮かび上がる。

ラリックは、アール・ヌーヴォーとアール・デコの両時代にわたって活躍した作家で、ガラス工芸界ではエミール・ガレと共にフランスを代表する二大巨匠としてよく知られる。


大広間

玄関の奥に大広間がある。部屋全体が円と直線、シンメトリーのデザインで構成されている。正面には大理石のマントルピースを配し、ウォールナット材の重厚な壁面と、整然と配置された半円球の天井照明が独特の雰囲気を作っている。

この大広間を始め、大客室や大食堂、次室、小客室、書斎など、主要な部屋のインテリアデザインを、当時のアール・デコブームを牽引した、本場フランスのデザイナー「アンリ・ラパン」が手掛けている。


大客室

一階南側に連続して配される、ラパンプロデュースの次室〜大客室〜大食堂あたりが、最も濃密なアール・デコの世界観を感じられる。

庭を望む大客室のテーマは庭園と花。旧朝香宮邸のなかでもアール・デコの粋を集約した部屋だ。室内デザインを担当したラパンが欄間の壁画も手掛けている。天井にはラリックのシャンデリア「ブカレスト」を備える。


大食堂

庭園に向かって、大きく弓形のボウ ウインドウを張り出した大食堂は、賓客との会食用に使用された部屋だという。レオン・ブランショがデザインした植物模様の石膏レリーフ壁と大理石柱の対比が面白い。

随所に食堂らしい細やかなデザインが随所に見られる。ラリックのガラス照明には葡萄やパイナップルがモチーフに描かれ、ラジエーターカバーには魚貝がデザインされている。まさに目でも食を楽しむといったところだろうか。

次室つぎのまで一際、存在感を示すのはラパン作の香水塔。朝香宮邸時代には上部の照明部分に香水を施し、照明の熱で香りを漂わせたといわれている。幾何学的にデザインされた花がモチーフとなったシンメトリックなデザインが特徴的。

驚くことに、これらの室内装飾を担当したアンリ・ラパン、そしてラリック共に、朝香宮邸建設にあたって、一度も来日をしていないのだとか。僅かな手紙のやりとりだけで完成させたというが、設計監理を行った宮内省内匠寮の苦労は並大抵では無かっただろう。

館を彩る内匠寮の技

内匠寮たくみりょうは宮内省の部局で、建築・土木・庭園などに関することを管掌した皇室お抱えのエリート集団だ。昭和初期には100名を数えたというが、朝香宮邸においても権藤要吉を筆頭に、各分野のプロフェッショナルが納めた匠の技が随所に見られる。

建物中央に配された第一階段は1階のパブリックスペースから2階のプライベートスペースへと通じる階段だ。ラパンがプロデュースしたフランス仕立てのアール・デコ空間から、日本のアール・デコ空間へ移行する階段ともいえる。

階段手摺りのめ込み金物は、ホールの照明柱や天井照明と同様にアール・デコ特有の幾何学的花模様で統一され、小気味良いリズムを演出している。照明柱の付け根部分には花を飾る水盤が備え付けられるなど、細部にわたって意匠を凝らした設えとなっている。


大客室

また、旧朝香宮邸の隠れた見どころは、随所に設置されたラジエーターのカバーだ。其々それぞれの部屋のテーマやデザインをモチーフに造形され、実にバリエーションに富んでいる。これらは全て内匠寮の技師たちによって設計制作されている。


姫宮居間

市松模様のウィンターガーデン

内匠寮の設計による「ウィンターガーデン」は、旧朝香宮邸に配された唯一の3階の部屋。

ウィンターガーデンには 石材・金属・ガラスが積極的に用いられ、白と黒の大理石を敷き詰めた市松模様はモダンな雰囲気を感じさせる。殿下、妃殿下の居室からのみ出入りが可能な、夫妻専用の2階ベランダにも黒と白の大理石が市松模様に敷かれている。

ウィンターガーデンとは冬でも植物を管理できる庭の事で、この部屋は夏場に涼めるようにとの配慮から設計されたものだったという。往時はここに朝香宮家の住人が卓球台を持ち込んで遊んでいたこともあったらしい。

真鍮製の蛇口や窓枠、ドアノブや排水蓋などの金属部もオリジナルのまま美しく保存されている。マルセル・ブロイヤーによるスチールパイプ椅子も、鳩彦殿下自ら購入し置かれていた同型のもの。

泰山タイルの色彩美

フランス人デザイナーや内匠寮の作品群に負けず劣らずの存在感を示すのが、随所に散りばめられた国産の装飾タイルの数々。

2階の北側ベランダの床面や妃殿下居間前のバルコニー、小食堂前のテラスなどに「泰山たいざんタイル」が使われている。関西人の私からするとかなり萌えるポイントだ。泰山タイルとは大正期に池田泰山が京都で開いた、泰山製陶所で製造されたタイルの事をいう。

美術工芸品としての地位を得た泰山タイルは宮家の邸宅、公共施設などの建築に幅広く取り入れられている。関西では大阪の綿業会館や旧甲子園ホテルなどの近代建築の他に、お膝元の京都では喫茶店、銭湯、旧花街などに、今も多く残されている。

2階第一浴室の床面は、小森忍が瀬戸に開いた山茶窯製陶所で製造したモザイクタイルでデザインされている。小森は軸薬の技術者、美術家として活動した人物で、日本橋高島屋の屋上の陶製噴水塔や、銀座ライオンの内壁装飾タイルなどに、今も山茶窯タイルを見ることができる。

旧朝香宮邸と吉田茂

旧朝香宮邸は世界的にも貴重なアール・デコ建築だが、築後90年が経過する現在も、全てが美しく保存されている。

戦後にはGHQによって華族や皇族の特権が解体され、昭和22年、朝香宮家は他の11宮家と共に皇籍を離脱し宮邸を去る事となる。オーナーを失った旧宮邸の新しい住人となったのが、戦後日本の礎を築いた「𠮷田茂」だった。

吉田茂はこの館を外務大臣公邸として使用した。𠮷田は総理大臣に就任してからも外務大臣を兼務し、この館に住み続けたという。どうやら永田町の官邸より、此方のアール・デコの館がそうとうお気に入りだったようだ。

戦後に多くの洋風建築がGHQに接収され、改築されたり、ペンキで塗りたくられたりしたことを考えると、所有者が変遷しながらも、旧朝香宮邸が創建時の原型をそのままにして現在も生き続けているのはある種、奇跡ともいえる。

アール・デコの館は、朝香宮鳩彦王が亡くなった1981年に東京都の所有となり、1983年から建物と庭をそのまま美術館とした「東京都庭園美術館」として開館している。



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今回行った場所

東京都庭園美術館 公式HP

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