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さよなら「グランドプリンスホテル新高輪」村野藤吾が遺した白亜の大建築

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S.L
消えゆく村野建築…

2026年、東京・高輪の空を彩ってきたひとつの「白亜の傑作」が、その長い歴史に幕を閉じようとしています。

建築家・村野藤吾むらのとうご

日本建築界の巨匠が80代という晩年に心血を注ぎ、1982年に誕生させた「グランドプリンスホテル新高輪」。開業から約40年余り、この場所は単なる宿泊施設を超え、戦後日本の豊かさと村野建築の真髄を伝える記念碑的な存在でした。

巨匠が円熟期に手がけたこの場所は、芸術品のような意匠に満ち溢れています。今回は、閉館を前にその美しさを写真と共に振り返ります。

1,000個のバルコニーが奏でる「白亜の曲線」

まず目を奪われるのが、空に向かって緩やかなカーブを描きながらそびえ立つ外観です。

村野藤吾の建築を象徴する「曲線」が、ここでは圧倒的な数となって存在します。全908室の客室すべてに配置された、半円形の白いバルコニー。その数は片側に500個、両側合わせて1,000個にも及びます。

このバルコニーには、レース編みのような繊細なアイアンレリーフが施されています。都心の機能的なホテルでありながら、どこか南欧のリゾートのような柔らかさを感じさせるのは、この「角を作らない」という村野の強いこだわりがあるからでしょう。

巨大な工芸品としてのロビー

重厚なエントランスを抜けると、そこには外観の軽やかさとは対照的な、格調高くも温かみのあるロビーが広がります。

天井を見上げれば、優雅なフォルムの照明が配され、足元には独特の波紋模様のカーペットが敷き詰められています。村野藤吾は、家具の配置や照明の細部までを自らデザインしたと言われていますが、このロビーに立つと、空間全体が一つの巨大な工芸品であるかのような錯覚に陥ります。

直線的な柱と、天井の柔らかな段差。直角を嫌い、人の手のぬくもりを感じさせる「村野流」の美学が、この大空間を包み込んでいます。

豪華絢爛の極致、大宴会場「飛天」

ロビーの静寂の先に、このホテルの最高傑作とも言える異空間が広がっています。それが、日本最大級の規模を誇る大宴会場「飛天」です。


出典:グランドプリンスホテル新高輪 公式サイト

広さ約2,000平米、天井高23メートル。圧倒されるのは、天井一面を埋め尽くした約30万枚もの「アコヤ貝」の装飾です。照明が灯ると、真珠光沢が複雑に反射し、まるで銀河の下にいるかのような幻想的な光に包まれます。

機能的な吸音材や空調設備までもがデザインの一部として溶け込んだこの空間は、村野藤吾が描いた「夢の跡」そのもの。数々の歴史的イベントを見守ってきたこの壮大な空間が失われることは、日本の装飾建築におけるひとつの終焉を意味しているのかもしれません。

静謐なる廊下

村野藤吾の建築における真髄は、ロビーのような大空間だけでなく、むしろ客室へと続く「廊下」という、本来であれば通り過ぎるだけの機能的な空間にこそ色濃く表れています。

まず目を引くのは、等間隔に配置された華奢なスタンドライトです。この照明は単なる明かり取りではありません。天井を直接照らすのではなく、あえて乳白色のシェード越しに光を拡散させることで、空間に柔らかな「光の溜まり」を作っています。

左右の壁面が交互にせり出し、視界をあえて遮るようなクランク状の構成は、日本の伝統的な「路地」を彷彿とさせます。この奥行きを感じさせる設計により、長い廊下が単調な動線ではなく、客室というプライベートな聖域へ向かうための「心の準備の場」へと昇華されているのです。

意匠の極みと遊び心

村野建築の面白さは、マクロな視点だけでなくミクロな視点、つまり「ディテール」にこそ宿っています。

エレベーターホールの扉に整然と並ぶ小さな円の装飾は、まるで真珠の粒のようです。こうした「点」と「面」の使い分けが、モダンな素材を用いながらも冷たさを感じさせない、村野建築特有の「色気」を生み出しています。

ふとした瞬間に、計算し尽くされた空間の中に宿る「可愛らしさ」に出会うこともあります。プールサイドのトイレ入り口に施された、エメラルドブルーの円形タイルとピクトグラム。

一点一点にわずかな色の揺らぎがある小粒のタイルは、光を浴びるとまるでプールの水面が反射しているかのような瑞々しさを放ちます。積み木のようなフォルムのピクトグラムが添えられたこの「10センチ四方の宇宙」にも、巨匠の眼差しが行き届いています。

なぜ、この白亜の殿堂は消えるのか

これほどまでに美しく、価値のある建築が、なぜ解体という道を選ばざるを得なかったのでしょうか。

背景には、品川駅西口地区を中心とした大規模な再開発計画があります。西武ホールディングスによる「高輪エリアの価値最大化」という戦略のもと、品川駅前を「国際競争力のある街」へと変貌させるため、現在の敷地は新たな複合施設へと生まれ変わることが決定しました。

しかし、理由はそれだけではありません。村野建築は、現場で職人と対話しながら細部を決定する「手仕事」の結晶です。そのため、現代の工法で同じものを再現したり、部分的に修繕したりすることが極めて困難であるという側面もあります。

2020年代、ホテル業界は大きな転換期を迎えました。古い建物を維持するコストと、現代のニーズに合致した高付加価値施設への転換。村野藤吾の傑作である当ホテルも、未来の都市機能に場所を譲るという「避けられない宿命」を受け入れたのです。

「さよなら」を言うにはまだ少し時間がありますが、その時は一歩ずつ近づいています。もしまだこの空間を体験していないのなら、ぜひ一度、品川の丘を登ってみてください。

村野藤吾の最後の大仕事に、心からの敬意を込めて。

グランドプリンスホテル新高輪

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