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「旧竹田宮邸洋館」高輪に咲く明治の華、片山東熊の煌めきを巡る

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S.L
片山東熊かたやまとうくまの洋館へ!

品川駅から第一京浜を折れ、高輪の坂を上ります。しばらく歩みを進めると、周囲を囲む都会の無機質な建造物とは一線を画した建築が、緑の奥からおもむろに姿を現します。

現在はグランドプリンスホテル高輪の「貴賓館」として知られるこの建築は、日本の皇室における宮家のひとつ、竹田宮たけだのみや家が生活を営んだ洋館です。1911年(明治44年)の竣工以来、100年を超える歳月を積み重ねてきたこの白亜のパレスには、明治建築の終焉と、一人の建築家が賭けた「再起」の物語が刻まれています。

マンサード屋根を戴いた石造りの外観。それは、フランス・ルネサンス様式を基調としたネオ・バロック様式の精華といえます。

この邸宅は、明治天皇の第6皇女・昌子内親王と、北白川宮能久親王の第一王子である竹田宮恒久王の成婚にあたって造営されました。竣工は、明治という時代が終わりを告げるわずか1年前のことです。日本の近代建築が西洋の技術を完全に咀嚼し、独自の美意識へと昇華させた「円熟の瞬間」を今に伝えています。

しかし、この美しい館での生活は、歴史の波に翻弄されることになります。恒久王は竣工からわずか8年後、1919年にスペイン風邪により37歳の若さでこの世を去りました。その後、昌子内親王はこの館を守り続けましたが、戦後の皇籍離脱によって竹田宮家はこの地を離れます。

かつての宮家邸宅の多くが姿を消す中で、当時の威厳を損なうことなく維持されているその立ち姿は、もはや一つの奇跡と呼べるかもしれません。

内部へ足を踏み入れると、ボウ・ウィンドウが、空間に柔らかなリズムを与えていることに気づかされます。当建築の設計を担ったのは、宮廷建築の第一人者・片山東熊かたやまとうくまです。

この邸宅が完成する2年前、片山は国家の威信をかけた「赤坂離宮(現・迎賓館)」を完成させました。しかし、それを視察した明治天皇から下されたのは「贅沢すぎる」という一言でした。実用性を欠くという批判に、片山は深く傷つき、一時は病に伏せるほど精神的に追い込まれたというエピソードが残されています。

この旧竹田宮邸は、そんな彼が失意の中で挑んだ「再起」の場でもありました。赤坂離宮のような威圧的な豪華さを抑制し、より洗練された、生活と美が共存する空間を目指したのです。パステルカラーの椅子が並ぶ窓辺からは、巨匠が苦悩の末に辿り着いた、住まいとしての真の豊かさが感じられます。

さらに、建物のディテールを見つめると、そこには往時の職人たちが遺した、手仕事の痕跡が宿っています。

階段ホールを彩る、帆船と波濤を描いたステンドグラス。見られるその精緻な美しさは、当時の日本の工芸技術の粋を集めたものですが、その作者は今なお特定されていません。

当時、日本でステンドグラスを手掛けられたのは、アメリカで技術を学んだ小川三治おがわさんちや、宇野澤辰雄といったごく限られた作者のみでした。この作風から小川三知を連想する建築ファンも多いそうですが、決定的な証拠は見つかっていません。

かつて竹田宮恒久王が海軍軍人であったことにちなむとされる、この「海」のモチーフ。透過した青い光が赤い絨毯を染める光景は、作者の名という属性を超え、純粋な視覚体験として訪れる者を圧倒します。記録がないからこそ、見る者の想像力を掻き立てる魅力に満ちています。

玄関ホールや要所の天井を飾るアカンサスの葉。これらは、熟練の左官職人が現場で直接石膏を盛り、削り出したといわれています。

アカンサスは古代ギリシャ以来「生命の再生」や「不老不死」の象徴とされてきました。100年を経てもなお、そのエッジは鋭く、片山東熊の厳しい審美眼に、職人たちが己の誇りをかけて応えた証のようにも感じられます。

さて、最後はかつての宮廷社交の舞台を彷彿とさせるバンケットに目を向けてみます。

白と金を基調とした空間。ナポレオン一世が好んだ「アンピール様式」で設えられたこの広間は、往時の晩餐会の賑わいを静かに閉じ込めているかのようです。

アンピール様式は、月桂樹や勝利、威厳を象徴する直線的なデザインが特徴ですが、ここではどこか日本的な柔和さが感じられます。

旧竹田宮邸洋館の真の価値は、単なる保存建築ではなく、今もなお、結婚式や晩餐といった「人の集う場」として機能し続けていることにあります。柔らかなランプの灯りは、100年前の宮族たちが過ごした時間と、現代の私たちの時間を、一条の光で繋いでいるようにも見えます。

高輪の丘に立つこの白い扉を開けるとき、一世紀以上前の明治という時代の精神に触れることができます。片山東熊が苦悩の末に見出した静かな均衡、そして作者不明のステンドグラスが放つ永遠の青。

都会の喧騒の中にありながら、ここは今も、変わらぬ気品を湛えて静かに呼吸しています。歴史の残像が揺らめくこの空間に身を置くことは、本物の美しさが持つ「永劫の力」を再確認できる体験となるのではないでしょうか。

旧竹田宮邸洋館

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