エリスマン邸は横浜の山手地区、元町公園の豊かな緑に抱かれるようにして立っている。
スパニッシュスタイルやアメリカン・ヴィクトリアンなど、The 異人館といった風貌の、ややコッテリとした建物が多い山手西洋館街のなかで、モダンな趣きのエリスマン邸は、ひときわ爽やかで洒落た洋館!という第一印象を受けた。
レーモンドのモダン異人館
清潔感のある白亜の外観、窓に備えられたミントグリーンの鎧戸が程よいアクセントとなっている。フランス窓を配したサンルームは開放的で、壁面に露出した暖炉の煙突は一見、山小屋風の設計だが、シャープで無機質なデザインなので野暮ったさを感じさせない。
よく見ると、一階と二階の真ん中を境目として、白い外壁板材の仕上げパターンに変化を持たせている。二階部分を水平線がリズミカルに刻まれたドイツ下見張りとし、一階部分を垂直線がゆったりと連続する縦羽目板としている。
このコントラストによって、重心の高い二階部分の「水平線」がより一層、強調されて見える効果を狙ったのはないだろうか?
また、建物を構成する要素は、いわゆる異人館らしさをふんだんに備えているのだが、全体的な印象に軽やかさを感じるのは、建築家のセンスの良さといったところなのだろう。
レーモンドとライト師匠
食堂兼居間
設計者のアントニン・レーモンドはチェコ出身の建築家。旧帝国ホテルや自由学園明日館、旧山邑邸(ヨドコウ迎賓館)を手掛けた、巨匠 フランク・ロイド・ライトの助手として来日し、以降、日本の建築界に大きな影響を与えた建築家のひとりだ。
エリスマン邸設計当時のレーモンドは、ライトのもとから独立して間もない頃で、細部にはまだライトの影響が見受けられる。一方で、その後のレーモンドの作風を感じさせる部分もあるので、ちょうど移行期の作品といえる。
エリスマン邸の外観に見られる水平線を強調するデザインや、内部意匠の所々にライトっぽさを感じるのは、おそらく師匠をリスペクトしての事だろう。個人的には、総じてライト建築より少し華奢でどこか女性的な雰囲気を覚えた。
レーモンドとキュビズム建築
応接室
エリスマン邸で最もレーモンドらしさが出ているのが、一階 応接室の暖炉廻りのデザインだ。特に暖炉の棚上、煙道の両脇に設けられた窪みのデザインは、チェコ出身のレーモンドがこだわったチェコ・キュビズムの表現といわれている。
キュビズム建築は、20世紀初頭にピカソなどが提唱した「キュビズム」の影響を受けたもので、幾何学な装飾を立体的かつ多角形に構築した、チェコにしかない独自の建築様式だ。
「キュビズム」と「キュビズム建築」
当時、レーモンドは東京女子大学など自身の作品に、このデザインを積極的に取り入れている。一方で、暖炉上部の照明器具や、レーモンド自らがデザインしたという家具類の幾何学的な構成は、いかにもライト風といったところ。
エリスマン邸は、レーモンドがライトの影響下にありながらも、新しいデザインを模索した軌跡が伺える貴重な建築だと思う。
大正末期に建てられた「モダン異人館」エリスマン邸の建築に象徴される様に、レーモンドは当時の「モダニズム黎明期」である日本の建築界へ、新しいスタイルを提示したのだと思う。
レーモンドはのちに、世界的にも最先端の鉄筋コンクリート打ち放しの自邸を建て、ル・コルビュジエばりのモダニズム空間を自らアトリエで実現するなど、独自のモダニズム世界観を切り開き、また「前川國男」や「吉村順三」らを育て、日本の近現代建築の礎を築いた。
2022年7月に エリスマン邸の一階でオープンした café ehrismann は、人気の洋館カフェ&レストランとして注目されている。
今回行った場所
エリスマン邸 公式ホームページ
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