丸福樓「旧倉庫棟 ♣ クラブ」
昭和初期に建てられたモダン建築の魅力が詰め込まれた歴史的建造物ホテルが京都に誕生した。
丸福樓 は昭和8年に創建された任天堂旧本社社屋をホテルとしてリニューアルしたもの。全体の設計監修を安藤忠雄氏が、プロデュースと運営はホテル&レストラン事業を世界中で展開するPlan・Do・See社が手掛ける。
旧任天堂本社屋は南北に長く、元々は「事務所棟」「住居棟」「倉庫棟」の三棟の建物からなる。これに「新築棟」を融合させて完成したのが、ホテル「丸福樓」だ。
任天堂と丸福樓
改修前の任天堂旧本社社屋の外観をご存じの方なら分かると思うが、もともとの意匠がほぼ原型のまま残されている。タイル貼りで仕上げられた外装に、直線と幾何学から構成されるアール・デコの趣も見られる。
日本が世界に誇る企業「任天堂」は、職人で商才をもった山内房治郎氏が、明治22年に「山内房次郎商店」を起こし花札を製造したのがその始まりとされている。
花札や百人一首、かるたの他に、日本で初めてトランプの製造も行い、昭和22年に株式会社丸福(現・任天堂株式会社)を設立した。「丸福樓」のホテル名は当時の屋号にちなんだもの。
「丸福樓」は7つのスイートを含む全18室で構成されている。昭和期に竣工した当時の建築様式や内装はできる限り残したという既存棟には、約90年前の趣が随所に美しく残されており、近代建築ファンには垂涎もののエッセンスがあちこちに散りばめられている。
連なる4棟の建物(旧事務所棟・新築棟・旧住居棟・旧倉庫棟)は、任天堂が製造した「トランプ」にちなんで スペード・ダイヤ・ハート・クラブ とそれぞれに名前がつけられている。
♠ 旧事務所棟・スペード
♠ ホール
正面通に面した鉄製の出入口扉を開けると、壁一面が大理石で覆われた玄関ホールから受付へと繋がる。床には直線でデザインされた豆タイルが敷き詰められている。
この玄関部分の贅沢なアール・デコの装飾は、数多い京都の近代建築の中にあって随一のものといえる。古典的な意匠に頼らずに新しいデザインに挑戦する姿勢は、任天堂の企業マインドの表れであるのかもしれない。
♠ ラウンジ
ホールに繋がって一階に展開されるのが三部屋の「ラウンジ」だ。旧事務所棟の一階では、当時、従業員の執務や受付など、二階では花札やかるたの製造が行われたとの事だが、ラウンジルームはもともと従業員用のスペースだった様だ。
寄木のフロアー材や、アール・デコ意匠のアイアン装飾窓などが当時のまま美しく保存されている。存在感のあるミッドセンチュリーテイストの黒い革張りソファも、往時に使われていたものだという。
客室の延長である第二のリビングとして位置づけされるラウンジでは、常時、ドリンクや軽食を楽しめる。ここで飲める京都のクラフトビールがかなり美味いという噂だ。
♠ ダイニングラウンジ
丸福樓はオールインクルーシブ制となり、レストランでの夕食・朝食に加え、ラウンジでの軽食や飲み物、客室ミニバーも宿泊料金に含まれるので自由に利用できるのが嬉しい。
奥のダイニングラウンジには、安藤忠雄氏のエスキースや若手アーティストの絵画が飾られていて、まるでギャラリーのような空間だ。
ホールとダイニングラウンジに飾られた「白鷺」をモチーフとしたアートがとても興味深い。鴨川に生息する白鷺は丸福樓がある「菊浜地区」にもよく出没することで有名だ。
リアルなオブジェは本社社屋で使われていた壁紙や、旧事務所に残っていた帳簿の紙などを使用し、集成タイルのアートは旧居住棟の浴室タイルを転用して制作されたのだとか。
しばし時間を忘れて見入ってしまう・・・
♠ ライブラリー dNa
任天堂創業者である山内家がプロデュースし、山内家の解釈による任天堂の歴史や創業の理念を表現した空間「ライブラリー dNa」。
※ 山内家:Yamauchi-No.10 Family Office、山内財団、株式会社山内の総称。
挑戦を続けた任天堂の歴史とその原点に触れられる場所として、宿泊者や各種イベントへの招待客のみに開放されたエクスクルーシブな空間だ。ライブラリーの機能のみならず、ラウンジとしても使用できる。
♠ バーカウンター
もともと事務所棟の一部だったこじんまりとした空間に設えられたバーカウンター。セミクローズのオープンテラスに繋がっていて屋外へと出れる。
丸福樓の立地は市内中心部から少し外れた場所にあるので、街中の喧騒とは無縁だ。殊更、夜は静かにお酒を楽しめるのではないだろうか。
♠ スタンダードキング
この度、撮影をさせて貰った ♠旧事務所棟 ♦新築棟 ♥旧居住棟 ♣旧倉庫棟 の其々に配されたホテルルームを幾つかご覧いただきたい。
旧事務所棟・スペードに配されたスタンダードキング。ヴィンテージテイストが溢れる木製の片引き扉は、もともとこの部屋にあったもの。
♠ 丸福樓スイート
丸福樓スイートは、既存棟と新築棟がミックスされたスイートルームだ。クラシックとモダンを融合させた部屋はルーフトップテラスも備える。ふと見ると壁には安藤忠雄氏のサインが。
丸福樓を設計監修した安藤氏は当計画の依頼を受けた際、築年を重ねて老朽化した建築を前に「これは難しい」と思ったそうだ。しかし、世界の任天堂が創業地から未来への新たな挑戦を続けるのは素晴らしい事であると考え、プロジェクトを引き受けたという。
♦ 新築棟・ダイヤ
♦ レジデンシャルスイート
安藤忠雄氏の設計によって建てられた新築棟・ダイヤは、シンプルでスタイリッシュな空間となっている。
レジデンシャルスイートは、グレージュなインテリアでまとめた設えに、安藤建築らしさを感じるコンクリート柱をアクセントとしている。
ハリウッドツインのベッドに、ミニキッチンや洗濯機を備えたラグジュアリーモダンな空間は、居住性も高く長期滞在にもピッタリではないだろうか。
♥ 旧住居棟・ハート
丸福樓の中ほどに位置する旧住居棟・ハートはその名の通り邸宅部分で、かつては山内家の人々がここに暮らしていたという。アプローチに面して両引きの木製格子扉を構えたエントランスは和洋折衷の趣だ。
玄関の欄間には、これまた白鷺をモチーフとしたステンドグラスが施されている。アール・ヌーヴォー風のステンドグラスと幾何学模様のアール・デコ調の天井照明の対比が面白い。
階段口のステンドグラスも当時のまま残されている。意匠の豊かさに当時のこだわりが見られる。
♥ スーペリアキング
スーペリアキングは、もともとは山内家を訪れた来賓のためのゲストルームだったとか。旧住居棟の其々の部屋には異なるデザインの暖炉が設置され、かつては海外からも多く賓客を招き入れていたという。
♣ 旧倉庫棟・クラブ
丸福樓の一番奥に位置する旧倉庫棟・クラブは、昭和5年に旧本社社屋に先立ち建てられた最も古いもの。吹き抜けの倉庫として使用されていた様で、当時のエレベーターがそのまま設置されている。
広々とした階段ホールに設けられたパブリックスペース。シンプルなキリム絨毯が敷かれた上品な空間に静かな時間が流れている。
♣ バルコニースイート
プライベートバルコニーから東山を臨むバルコニースイートは天井が高くエレガントな設えだ。ダイニングスペースもあるのでゆったりと滞在を楽しめるのではないだろうか。
麗しの泰山タイル
泰山タイルとは、池田泰山が京都九条に開いた泰山製陶所によって焼かれた装飾タイルのこと。大正から昭和初期にかけて一世を風靡した泰山タイルは、その類まれなる意匠性によって当時の著名な建築家も各々の作品に多く取り入れた。
丸福樓がある界隈は旧花街として知られたまちでもあり、泰山タイルを備えた建築が今もいくつか残っている。
任天堂旧本社社屋ファサードの土間に貼られていた泰山タイルはこの度の改修で姿を消していたが、丸福樓内部の要所に泰山タイルが存在していた。近代建築ファンにとってはかなり萌えるポイントだ。
あとがき
「任天堂」始まりの場所で新たに時を刻み始めた丸福樓。 任天堂ファンはもとより、歴史ある建築が生み出す空間そのものを味わうホテルとして多くの人が楽しめるのではないだろうか。
建築ファンの私にとっては、昭和の類まれなる近代建築と安藤建築を同時に味わいながら、アートや泰山タイルを鑑賞できる、一粒で何度も楽しめるエキサイトな空間だった。
撮影取材協力 Plan・Do・See
今回行った場所
丸福樓
住所:京都府京都市下京区正面通加茂川西入鍵屋町342番地
電話:075-353-3355
公式サイト:https://marufukuro.com
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