武田五一 は、明治期から昭和初期にかけて活躍した、近代日本を代表する建築家のひとり。
「関西近代建築界の父」と言われ、京都を中心に数多くの作品を遺し、アール・ヌーヴォーやアール・デコ、セセッションなどの新しいデザインを積極的に作品に取り入れた建築家だ。
武田は生涯に166件の作品を遺したとされており、公共建築や橋梁、銀行や商社、寺社に至るまで幅広い建築ジャンルをカバーしているが、自邸を含めた個人住宅の設計も手掛けている。
過去に当サイトで紹介した、京都の 旧松風嘉定邸(五龍閣) や 旧川崎家住宅 も武田の住宅作品だが、大阪府吹田市に、実に武田五一らしい意匠を持った住宅建築が存在するのをご存知だろうか?
離れ「洋風棟・撞球室」
重要文化財 旧西尾家住宅は江戸時代に仙洞御料の庄屋を務めた名家で、屋敷は第十一代当主 與右衛門義成 と十二代 義雄の手によって、明治中期から昭和初頭にかけて整備されたもの。
広大な敷地に配された数寄屋風の主屋をはじめ、茶室、温室、土蔵など多彩な建物からなるが、第十一代 與右衛門義成の隠居所として計画されたと伝わる「離れ」を武田五一が大正14年に手掛けている。
武田五一の妻が西尾家と遠い縁戚関係にあったという事もあり、当建築の設計が武田の手に委ねられた様だ。
平屋の数寄屋造りである「離れ」は東西の位置に二棟を平行させ、洋風棟(東棟)と和風棟(西棟)で構成されている。隠居所として、また接客の用としてプランされたであろう洋風棟は、武田五一らしいデザインや和洋折衷意匠が随所に見られる。
洋風棟の北側に位置する「撞球室」は、格間の広い格天井の設えとし、白漆喰壁に腰板を張るだけの比較的簡素な洋間ではあるが、アール・デコ調の照明や、寄せ木のフロアー材のリズムが空間全体を程よく調和させている。
往時、この部屋で玉突きに興じたであろう、先人たちの息づかいがそのまま遺されている様な部屋だった。
離れ「洋風棟・応接室」
撞球室から網代天井の廊下を挟んで南側に配された「応接室」は、数寄屋造りの外観とは真逆のイメージを持った、洋風の内部意匠となっている。 大正時代の創建後に大きな改修工事を行っている痕跡は無いが、全体的にすこぶる保存状態が良いのが印象的だった。
石貼りのマントルピース、天井にはセセッション風の照明器具を備えながら、隣接するサンルームは数寄屋風として和洋折衷の意匠としている。また、照明を含め家具類は全て、武田五一によるデザインまたはセレクトだという。
随所に武田五一のデザイナーとしてのセンスが散りばめられた「離れ」だが、同時期に改修された主屋の広縁や、台所の外壁、調理台、配膳台などにも武田の足跡が遺る。超多忙であった武田も西尾家には随分力を入れた事が伺える。
武田が西尾家を手掛けた当時は、辰野金吾、片山東熊と並び、明治建築界の三大巨匠と呼ばれた「妻木頼黄」の作品である大阪麦酒吹田村醸造所 醸造棟(現アサヒビール吹田工場)が目の前にそびえ立ち、吹田はある種、武田にとって刺激的な場所でもあった様だ。
アール・ヌーヴォー調のステンドグラス
応接室西側の出窓上部と、南側に配されたサンルームとを隔てる内装ドアの欄間には、意匠性の高いステンドグラスが用いられている。
京都清水の旧松風嘉定邸(五龍閣)にも、小鳥が舞う様を描いた美しいステンドグラスが施されていたが、当家の方がバラエティに富んだデザインとなっており、アール・ヌーヴォーのテイストが濃く感じられた。
床のデザイン
離れ「洋風棟」2部屋の床仕上げはいづれも寄木細工としているが、撞球室と応接室、さらに応接室の旧暗室前で3種類のデザインを使い分けた、遊び心と職人の技を垣間見る事が出来る。
ちなみに「離れ」は、武田の住宅建築を多く手がけた大工職人「三輪彌助」が手掛けている。
主屋の建築
主屋は桟瓦葺きの入母屋屋根、本二階建の大規模な民家である。三百余年を経過して老朽化したものを、明治期に建て替えを行い現在に至る。
棟木は旧材を用いたことが文書にも伝わるが、二階座敷などにも古材が転用されている。中央に仏間を配した間取りの大規模な民家は大阪府下に広く分布しており、西尾家の母屋もそうした伝統を踏まえ、庄屋層の屋敷構えをよく伝えている。
同時に近代の邸宅普請の材料、技法、意匠などを取り入れ、さらに数寄屋趣味も通わせ、民家と数寄屋邸宅を複合させた住宅と言えるだろう。
あとがき
現在、吹田市が管理する旧西尾家住宅は、敷地内の多くの建物が築百年を超え、大阪府北部地震の影響もあり経年劣化が進んでいるため、今後約10年を掛けて大規模な修繕を実施してゆくとの事。
予約制で一般見学も行われているが、通常の観覧範囲は、現在、庭園と主屋の計量部屋のみとなっている。
今回、特別に許可を得て武田五一の離れを撮影させて頂いたが、今後、この建築が現在の美しい保存状態を保ちながら上手く有効活用され、後世に残されていく事を願う。
撮影協力:吹田市文化財保護課
今回行った場所
旧西尾家住宅
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