
莫大小会館(昭和4年・設計宗兵蔵)
またひとつ、戦前大阪の名建築が姿を消そうとしている。
過去にも何度か訪れたことのある建物だが、特に秀麗なデザインという訳ではなく、時代の移ろいの中で用途を変えながら、地元のランドマークとして愛されてきた “普段着の建築” といった印象持っている。
「莫大小」 と書いて 「メリヤス」 と読む。 綿糸や毛糸を自在に伸縮するように編んだ織物のことだが、莫大にも小にもなるという意味からつけられた当て字だという。
堂島大橋北詰の交差点に立ち全景を見渡すと、あみだ池筋に鋭い角度で合流する道筋に沿って胡桃色の壁を見せている。周囲を高層ビルが取り囲むなか、どこか穏やかな存在感をまとっている。
当建築は老朽化と耐震性能の問題により、2022年7月末を以って閉館、2023年4月からは解体工事が着手された。
莫大小会館
明治期初頭、肌着・靴下・手袋など、メリヤス製品の74%が大阪で作られていた。その様な時代背景もあり、戦前の福島にはメリヤスを中心とした繊維製品の製造販売業者が多く存在していたという。製品は海外へも盛んに輸出されてらしい。
大正15年、大阪輸出莫大小工業組合が設立され、大阪市から土地を譲り受けて組合事務所ビルの建設計画が進められた。建築地は大正13年に埋め立てられた曾根崎川の跡地。木橋から鋼アーチ橋に架け替えられたばかりの堂島大橋北詰だった。
宗兵蔵のアール・デコ
莫大小会館の設計を請け負ったのは「宗兵蔵」が所長を務める宗建築事務所。宗は北浜のライオン橋で馴染みのある 難波橋 など、関西を中心に多くの建築物の設計を行った人物だが、晩年の2年間にアール・デコ建築を3つ手がけている。
堺筋の 生駒ビルジング(昭和5年)、神戸市の 旧制灘中学校校舎(昭和4年)、そして 莫大小会館(昭和4年)だ。いづれも戦災や震災、市街化を乗り越えて生き続けてきた建築だが、そのひとつが無くなってしまうのはいささか残念に思う。
莫大小会館に、生駒ビルや灘中に見られる濃密な装飾は施されていないシンプルな建築だが、半円アーチの列をなす窓や、コーニスと石の腰壁の造形などがアール・デコ的な感覚を伝えている。
何より、莫大小会館の魅力は哀愁を帯びた「階段」にある。空間の端々に施されたやわらかな曲線がとても美しい。
色褪せた漆喰壁、多くの手のひらに触れて艶やかに光る石造りの階段笠木、莫大小会館のそれは歴史を刻んだものだけが醸し出せない雰囲気をまとっている。
用途変更と増築の歴史
莫大小会館は戦前・戦後を含め3度にわたり増築を重ねている。また、太平洋戦争を機にメリヤス会社の多くが戦災に遭った事によって組合の存続が困難となり、建物はテナントビルとして用途を変えた。
昭和10年に行われたⅡ期工事で、平屋だった部分に2階と3階が増築され、切妻屋根の4階部分は比較的近年に増築された。
現在の建築基準法では考えにくいリピート増築であるが、連続する不思議な空間の繋がりは、増築を繰り返した事によって生まれた産物であり、このビルの魅力の様に思う。
あとがき
戦前大阪の基幹産業の一角を担ったメリヤス産業の象徴ともいえる莫大小会館。
カフェやギャラリー、クリニックにアパレルなど、多種多様なテナントが入り、一時期は空室ゼロという人気のビルだった。
Slow Cafe(莫大小会館 1F)
近年、タワーマンションの建設と共に近代的な都市景観になった福島区だが、先の戦災を免れたエリアもあり、古い町家や神社、路地などが、一昔前の面影を残している。
メリヤス会館の跡地は、おそらくマンション用地となる事が容易に想像出来るが、今後、リファイニング建築の普及と共に、地域に根ざした歴史的資源の保存意識が高まってゆく事を願ってやまない。
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