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青森「中村旅館」生きた遊郭建築に泊まる!黒石に残る遊女の幻

投稿日:

Hamzo
黒石遊郭跡へ!

中村旅館がある 黒石市 は青森県のほぼ中央、津軽平野の南東端に位置する町。

江戸時代の黒石は、秋田から北海道への浜街道沿いの物資流通の拠点として「中町」を中心として発展した。中町に残る「こみせ」は藩政時代から今に残る木造アーケードで、連続した木造のひさし群が往時の歴史的景観を今につたえている。

中町は江戸時代に町割された町人地で、通り沿いに並ぶ商家の敷地は間口も奥行きもかなり大きい。各家は主屋のほか幾棟もの蔵や庭を持ち、前面に「こみせ」を連ねる。

この「こみせ」なるものは、冬の吹雪や積雪から、また夏の強い日差しから人を守り、軒を連ねていた旅籠はたごや呉服屋・米屋などの商家にとって、無くてはならないものだったという。

黒石市中町「こみせ通り」

中町のこみせ通りから一本裏通りに入ると、住所は浦町となり、おもむろに二階建ての大きな木造建築「中村旅館」が見えてくる。

築130年の遊郭建築「中村旅館」

中村旅館が浦町に建てられたのは明治17年、築130年を超える遊郭建築である。

中村旅館の建物は、見越しの松がある中庭を囲んだ「コの字型」をしていて、特徴的な青い屋根はファサードから向かって右側が入母屋いりもや造り、左側がシンプルな切妻きりづま造りと、なぜか異なった形状の外観をしている。

軒裏は神社建築などでよく見られる “船枻せがい造り” となっていて、古き良き伝統建築の趣を感じさせる。 僕が中村旅館に訪れた晩秋の頃は、中庭の紅葉と青い屋根のコントラストがとても印象深かった。

顔見世、朱色の階段

日本では、明治33年に発布された “娼妓取締規則” によって全国統一の公娼制度が完成する。いわゆる “遊郭” は法令上の正式名称として「貸座敷免許地」と呼ばれ、娼妓しょうぎがいる “妓楼ぎろう” は「貸座敷」と呼ばれた。


旧松月楼「中村旅館」

終戦を経て、昭和33年に売春防止法が施行されると、廃業に追い込まれた貸座敷も多かったが、総じて、旅館業に転じる業者が多かったようだ。 中村旅館もいわゆる “転業旅館” のひとつになる。

昭和5年に出版された「全国遊廓案内」では黒石町遊郭について、こう記されている。

黒石町遊廓は青森県南津軽郡黒石町にあって奥羽線川部駅で、黒石町に乗換へ、黒石駅で下車する。

現在遊楼数約三軒、娼妓約十五人位居る。青森及秋田県人が多い。遊興は廻し制だ。御定り甲は四圓で本部屋、会席及玉代一切に酒肴附である。又三圓二圓位の等級もある。

引用:全国遊廓案内

比較的、小規模なくるわであった黒石町遊郭で、明治19年に開業したという「中村旅館」。遊郭時代は「松月楼」から「かねまる」という屋号を経て営業していたという。

玄関を開けてすぐ目に入るのが、遊郭時代の面影を色濃く残す、朱色をした「顔見世かおみせ」の階段だ。

ひな人形の雛壇ひなだんを模したかの様な朱色の階段が二階にすらりと伸びている。やけに急勾配で両脇の手摺も不自然に低い。これは遊郭時代に階段としての用途ではなく「顔見世」として機能していたからだという。

顔見世の階段

顔見世かおみせとは、つまり遊女が並ぶステージのことで、遊客が遊女を品定めするためのもの。人権意識の高まりから、顔見世は大正5年に禁止されたのだが、それまではここに艶やかな遊女たちがずらりと並んで座っていたのだ。

二階、花魁部屋のストーリー

顔見世の階段を上って二階へ出ると、昭和風情の香り漂う寄木のパーケットフロアーが敷き込まれた小広いホールがある。


二階ホール

流石さすがに内部のしつらえは明治時代の創建当時のままという訳にはいかず、おそらく130年の間、幾度となく手を入れながら現在に至っているのだと思う。

ふと、ホールの天井を見上げると、二つののきが複雑に重なり合っている。軒裏は外で見た “船枻せがい造り” の意匠で、片側には腕木の化粧も施されている。そして、そこを境に片方のフロアレベルが一段高くなっている。

これは「建物を建てる際、意図してこの様な設計にし、床が一段高くなっているのは、位の高い遊女(花魁おいらん)の部屋を設けた為だ。」… という、当館についての文献記事をいくつか見かけたが、建築屋の僕からすると、まず考えにくい話の様に思う。


位の高い花魁が使用したという部屋

これは、建築基準法制定前の旧家でよく見かける、強引な「増築」によって出来た段差と考えるのが妥当だろう。一階の不自然な位置に露出した柱や、棟によって異なる屋根形状もそう考えると辻褄つじつまが合う。

しかし、そんな無粋ぶすいな事をいうより、高級花魁の部屋を作る為にわざわざこの様なしつらえにした。というストーリーの方がいきに感じるというものだ。なんせ、中村旅館の女将おかみも詳しい事は良くわからないらしい。

二階、客間の設え

二階のホールから、廊下が三方向に延びていて、廊下に沿って小さな個室がずらっと並んでる。今は客間となっている遊女の部屋の他に、引付座敷や廻し座敷、遣手やりて部屋や表座敷などが残っている。

引付座敷とは顔見世で選んだ遊女と客が顔合わせをする部屋の事で、廻し座敷とは遊女が一時に二人以上の客をとった時、後の客を入れる部屋の事をいう。

遣手やりて部屋は遊客が上ってくる階段のすぐ隣にある。

遣手とは遣手婆やりてばばともいい、妓楼ぎろうで遊女を監督する女性の事をいう。現役を引退した遊女が遣手になる事が多かった様だが、遊女らの行動を監視するほか、遊客を品定めして遊興の程度をはかるなど、妓楼における重要な役割を担っていた。


八畳間の宿部屋

宿泊したのは廊下の中程にある八畳間の部屋。 この日は自分以外に宿泊客が居なかったので、日暮れ後はさすがに少し怖くなり、酒の力を借りて就寝したが居心地よく過ごす事が出来た。

朝食は目玉焼きや塩鮭など、ボリューム満点の懐かしい旅館メニューが並ぶ。

現在、中村旅館は女将と若女将のお二人で切り盛りされている様だ。僕の知る元遊郭の転業旅館では、後継者が不在で当代限りというところも多いなかで、妓楼風情を感じさせる生きた建築が、今後も長く存続されるのでは? いう期待が少しばかり持てたのは嬉しい限りである。

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