京都、旧五条楽園 。
五条大橋の南側、鴨川と寄り添う様に流れる高瀬川を中心に広がるその界隈は、幕末期から明治期にかけて、五条新地、六条新地、七条新地という隣接する複数の遊里が大正時代に合併して形成された京都最大の旧遊廓地帯のこと。
通称「七条新地」として栄えた廓は、戦後の赤線時代を経て、昭和33年から平成22年までの約半世紀は「五条楽園」と名を変えて賑わいを見せた。
最盛期には150軒ものお茶屋や置屋があり、つい近年まで現役の色街であった旧五条楽園跡には、その名残を持ったお茶屋建築やカフェー建築がちらほら残り、独特の風情が漂う京のまちでもある。
UNKNOWN KYOTO
UNKNOWN KYOTO「南棟」
UNKNOWN KYOTO「北棟」
UNKNOWN KYOTO は、旧五条楽園に並んで建つ二棟の遊廓建築をリノベーションして出来た宿泊複合施設だ。
ほぼ、遊郭時代のまま遺された外観は、当時のトレンドだった煉瓦やタイルなどを用いた意匠を持ち、明らかに一般の民家とは異なる佇まいをしている。
泊まる(ホステル)・食べる(レストラン)・働く(コワーキングスペース)を併設した店内には、古き京都の花街文化の面影がとてもよく遺されていた。
二階・遊廓に泊まる
北棟、南棟、二棟の建築共に正確な築年は不詳であるものの、明治44年には登記の記録があるため、少なくとも100年以上前から当地に存在する事になる。紆余曲折を経て現在の建物形態に至ったのであろう。
両棟の二階部分に配された、ゲストルーム(宿泊部屋)には往時の建築意匠が既存のまま遺されていて、様々な物語が繰り広げられたであろう昭和の色香が色濃く感じられた。
仄暗く長い廊下に沿って小部屋が続く間取りは、山口の 芳和荘 や、青森の 中村旅館 、大阪の 鯛よし百番 などに見られる、元妓楼特有の類似性がある。
築100年を超える木造建築ながら建物の歪みなどもなく、ゲストルームの数々は上手く新旧を融合させ、過ごしやすさと清潔さを感じる部屋ばかりだった。印象に残った部屋を幾つか紹介しよう。
ゲストルーム 其の一
船底天井、聚楽壁で仕上げられた純和風のゲストルーム。欄間の意匠に元妓楼の名残を感じる。
ゲストルーム 其の二
黒の腰板と緑の塗壁で仕上げた高天井のゲストルーム。天窓を設えた天井は構造材が現しの意匠になっていて、どこか山荘のような雰囲気も感じられる。
ゲストルーム 其の三
簡素な造りながらゆとりを持たせたゲストルーム。小ぶりなペンダントライトと、水玉模様のドアが可愛らしい。
これらのゲストルームを利用されるお客さんの中には、元遊郭ということに興味を持って宿泊される方も多いそうだ。私がこちらに撮影取材でお邪魔した際には、女性一人で宿泊利用されている方もいらっしゃった。
そう、元妓楼のディテールを残しながらも、うまく現代風にアレンジされているので、「元遊郭の建物ってなんだかちょっと怖い...」という感覚を全く感じさせないのだ。
元遊郭の陰影
数年前まで旧五条楽園内には、多くの元遊郭建築が存在していたが、年を追うごとにその数が減少している。立派な唐破風を持った五条楽園一の大店「三友楼」も2021年末に解体されてしまった。
元妓楼に散りばめられた建築意匠や当時の建材は、往時の花街文化を伝える貴重なものが多く、解体されるともう二度と見れないというものも少なくない。
「極力、既存を残す」をコンセプトにリノベーションされた UNKNOWN KYOTO には、元遊郭を彷彿させるディテールがたくさん遺っている。
一階・カフェーの面影
UNKNOWN KYOTO南棟は、五条楽園当時、友喜 という屋号のカフェーだったという。
カフェーとは女給サービスを伴う飲食店のことを指すが、戦後には女給名目の娼妓がいるカフェーが赤線で大流行した。豆タイルや曲線を多用した洋風のカフェー調の意匠をふんだんに取り入れて造られた建物には、それ特有の哀愁の様なものがある。
UNKNOWN KYOTOは北棟、南棟共に、ほぼ同じ大きさで、間口が狭く奥行きが長い京町家の建物形状をしている。北棟一階はレストランとして、南棟一階はコワーキングスペースとしてリニューアルされている。
南棟一階(コワーキングスペース)
会員であれば24時間コワーキングスペースを利用する事が可能で、利用者同士の緩い交流があり、一人で仕事をしているようで仲間といるような連帯感が得られるのがこのスペースの魅力だという。
南棟中庭
もともとは和室だったというフリースペースの土間には、リノベーションの際に畳をめくったら出てきたというクリンカータイルがそのまま遺されている。
なんせ築百年を超える建築なので、その時代に合わせて何度も改装されたのであろう事が伺える。古建築には古いアルバムみたいに時の記憶の断片が刻まれていて楽しい。
泰山タイルのあるリビング
コワーキングスペースの一角に配されたリビングには、泰山タイルで装飾された暖炉がある。
泰山タイルとは、池田泰山が京都九条に開いた泰山製陶所によって焼かれた装飾タイルのこと。大正から昭和初期にかけて一世を風靡した泰山タイルは、その類まれなる意匠性によって当時の著名な建築家も各々の作品に多く取り入れた。
東京白金の 旧朝香宮邸 や、大阪船場の綿業会館など、贅の限りを尽くした建築にも用いられる一方で、お膝元の京都では、 島原遊郭 や 橋本遊郭 、そして五条楽園などの花街にも多く取り入れられている。
時の花街が持っていた艶っぽい雰囲気と、泰山タイルの妖艶な装飾美がうまくマッチしたのだろう。UNKNOWN KYOTOに遺された泰山タイルは、木工の造作家具が埋め込まれたとても珍しいものだ。
あとがき
数が少なくなった旧五条楽園の古建築群だが、当時の歌舞練場であった五条会館が今も遺り、2022年4月には旧任天堂本社屋が安藤忠雄設計監修のホテル「丸福樓」としてリニューアルオープンした。
このまちのファンである私は、旧五条楽園が古き京都の文化を伝えるまちとして、UNKNOWN KYOTOと同じ様に上手く保存されてゆく事を願ってやまない。
この度、撮影取材にご協力頂いた UNKNOWN KYOTOの店主さんから、この建物に興味を持って頂いた方へ・・・と、以下のメッセージを頂戴した。
UNKNOWN KYOTO の雰囲気は、百年を超える時を経てこそ出せる、唯一無二のものだと思っています。その分、冬は寒さが堪え、遮音性にも欠ける面などもありますが、そういった不便さや、人と人の緩やかな交流など、この建物、この場所だからこそ味わえる時間を、皆さまにも感じていただけると幸いです。
撮影取材協力:UNKNOWN KYOTO
今回行った場所
UNKNOWN KYOTO
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