
全国1億2千万の幕末ファンの皆様こんにちわ。
激動の幕末期から明治維新を迎え、明治・大正・昭和・平成・令和と元号を五度変えて150余年。
明治維新の中心地だった京都市内には、大政奉還が行われた二条城や京都御所、新選組の屯所跡や、維新半ばに命を燃やして散っていった志士たちを奉祀する京都霊山護国神社など、維新ゆかりのスポットが数多くあります。
“京都島原” は日本最古の公許花街があった場所で、往時を偲ばせる大門や花街建築が現在もちらほらと残る情緒あるまち。 また、幕末志士にゆかりのある花街としてもよく知られています。
(左)島原大門 (右)角屋
京都島原は薩長藩士をはじめとする “勤皇志士” や、それらの反幕府勢力を取り締まった武装組織 “新選組” の隊士が足繁く通った高級花街。
とりわけ、新選組の屯所があった壬生の八木邸界隈や、西本願寺の太鼓楼から、島原まで歩いて数分ということもあって、血気盛んな若い隊士たちが通いたくなるのもなんとなくわかる気がします。
京町絵図細見大成

上の図は江戸時代末期の島原界隈の絵図ですが、当時の島原のまわりは一帯が畑や田んぼでした。
島原が衰退した理由のひとつとしてこの立地がある様ですが、幕末期の “花街島原” は広大な畑の向こうに煌びやかな灯りを放ち、人を引き寄せる魅力があるまちだったのだと思います。
通常は一般公開されていない島原の “遊郭建築” が特別公開されていたので足を運んできました。
輪違屋

島原で現在も現役のお茶屋として営業を続ける 輪違屋 の創業は、江戸時代初期の1688年(元禄元年)。現在はお茶屋兼業としていますが、もともとは “置屋” が始まりです。
置屋とは、舞妓や芸妓が住み込みで所属する「家」のことで、お茶屋や料亭の求めに応じて芸者を派遣します。
置屋は、舞妓の見習いとして住み込む「仕込さん」を受け入れて、立派な舞妓として世にデビューさせることも役割。また、舞妓から芸妓として独立することになった場合も彼女たちをサポートします。いわば芸能プロダクションの様なものですね。
輪違屋 「傘の間」

現在の建物は江戸時代末期の1857年(安政4年)に再建されたもので築160年強、後の1871年(明治4年)に改修が施され現在の形となりました。 輪違屋のトレードマークである 「2つの重なる輪」 と、当主の姓である高橋の 「高」 を刻んだディテールが建築の各所に見られるのが特徴的。

暖簾の先の廊下を進むと主座敷があり、座敷を挟み込むように東西に趣の異なる庭が造られています。
輪違屋 「主の間」

(左)太夫の文 (右)吉野太夫の掛軸
襖には当時の太夫が常連客に宛てて書いたという文が貼られており、恋の歌が流暢な字で綴られています。また部屋の傍には、名妓とうたわれた吉野太夫の書が貼られた掛軸がはんなりと飾られておりました。なんだか色っぽい雰囲気を感じますね。
新選組局長 近藤勇の書
幕末ファンの僕が興味深かったのは、1階には 近藤勇 書の屏風があり、2階には 桂小五郎 書の掛軸が飾られていた事。 新選組局長と長州藩を率いたリーダー、幕末期には憎き敵同士だった2人が150年の時を経て、ひとつの屋根の下に同居しているようで、なんだか微笑ましく思えた。
輪違屋の特別公開。 幕末と言う時代を少しだけ近くに感じる事が出来たひと時でした。
では、また !
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今回行った場所
輪違屋