旧甲子園ホテル
“阪神間” とは読んで字のごとく “大阪と神戸の間” を指す地域のこと。
大大阪 と呼ばれ、戦前まで日本一の大商業都市であった大阪の富豪や、古くから栄える灘の酒蔵会社の創設者などが、六甲山系と海に囲まれた自然豊かな理想的な阪神間の地に邸宅を構え “阪神間モダニズム” と呼称される豊かな文化が100年以上前に開花されました。
阪神間や神戸エリアには、西洋の建築様式と古き日本の建築文化が融合された歴史的建造物が、戦争と阪神淡路大震災を乗り越えてなお、幾つか点在しています。
THE EMPEROR IN AUGUST
「お盆」は 8月15日を中心とした期間に祖先の霊を供養する日本特有の行事。そして8月15日はもうひとつ、僕たち日本人にとって決して忘れてはいけない日。
1945年(昭和20年)「大東亜戦争終結ノ詔書」を昭和天皇が朗読した、いわゆる「玉音放送」がラジオ放送され、日本国にポツダム宣言の受諾と軍の降伏の決定が伝えられた終戦の日でもあります。
昭和天皇や当時の閣僚たちが御前会議において敗戦・降伏を決定し、ポツダム宣言の受諾が決定した1945年8月14日から、翌15日の玉音放送までの戦争終結に至る激動の24時間を描いた映画 日本のいちばん長い日 。
昭和史研究の第一人者として知られる半藤一利氏のノンフィクション小説が原作とした作品は、1967年に映画化され、2015年に原田眞人監督によってリメイクされました。
太平洋戦争末期、戦況が困難を極め「一億玉砕論」の声も上がる中、「降伏か?本土決戦か?」日本最大の決断がくだる。 観終わった後、心にズシッっと響くこの映画。 劇中の世界感に触れてこのページに辿り着いた方も多いのではないでしょうか?
実は2015年リメイク版の映画の撮影の多くが、関西地方、特に 阪神間に現存するモダニズム建築を舞台 に行われています。 レトロ建築マニアの僕にとっては涎垂モノのことで、スクリーンには見覚えのある場所が結構あり、ストーリーとはまた別の興奮を覚えました。
今回は劇中に出てくる “阪神間のロケ地” を映画に思いを馳せながら巡ってみたいと思います。
旧乾邸住宅
まずは、神戸市東灘区を代表する歴史的建造物のひとつ 旧乾邸住宅 。
旧乾邸住宅
俳優、山崎 努さんが扮する、時の内閣総理大臣「鈴木貫太郎」の 首相官邸 として登場するこの大邸宅は、建物全体が神戸市指定有形文化財に、また、庭園も神戸市指定名勝となっています。
阪神間モダニズムを象徴する大邸宅は、まさに首相官邸にもふさわしい風格と佇まいを感じさせます。
乾汽船株式会社を設立した乾新治氏の自宅として昭和11年頃に建てられたこの大邸宅は、この時代に関西を中心に商業ビルの秀作を多く残した 渡辺節 の設計。渡辺氏の作品は欧米の伝統的な様式と、日本古来の様式とを折衷する事で独特の世界感を創りだしています。
「旧乾邸住宅」の内部のデザインは、イギリス中世のチューダー時代や近世のアダム様式など、イギリスの歴史の中で培われてきた建築様式や意匠が随所に取り入れられて、見るものを圧倒させる空間演出がされています。
旧乾邸住宅
鈴木首相が国務大臣や陸海相らと懇談する場面や、首相が聖断を昭和天皇に求める決意を告げる場面など、旧乾邸のゲストルームで緊張感のある数多くのシーンが撮影されています。
兵庫県公館
同じく 首相官邸内の大会議室 として登場するのが、兵庫県公館 。
明治35年(1902年)に兵庫県本庁舎として建設された歴史的文化遺産であり、国の有形文化財に登録される “兵庫県公館” 。
時の内閣たちが大円卓で膝を突き合わせ、ポツダム宣言を受諾すべきか否かについて、緊張感溢れる閣議が繰り広げられるシーンが兵庫県公館の第一会議室で撮影されました。
兵庫県公館 「第一会議室」
この建築は神戸大空襲で外壁以外の全てが焼失し、これまで二度にわたっての大改修工事が行われていますが、内部の設えは創建時を思わせる重厚なものになっている。
神戸税関
昭和天皇の聖断によりポツダム宣言受諾へと動き出す日本。 しかし「まだ戦える、戦争を続ければ必ず勝機が見出せる! 」と、クーデターを企てる青年将校たちがいた。その中の一人、畑中陸軍少佐は先ず東部軍管区司令官の元へと直談判に赴く。
司令官 田中陸軍大将は畑中の思惑を察し「俺のところへ何しに来た! 貴様の考えておる事は判っておるっ! 帰れっ!」と一蹴する。 そんな 東部軍司令部 の一連シーンが撮影されたのが神戸税関です。
神戸税関
ロケハンで原田監督が一目で気に入り、撮影が行われたという神戸税関旧館は1927年(昭和2年)の建築。 螺旋階段を持った円形の時計塔は、上から見ても下から見てもとても美しい。
神戸大学 六甲台本館
劇中のオープニングシーンで鈴木貫太郎をはじめとする時の重臣たちと、第四十代の首相である 東條英機 が口論を交わすシーンなどが撮影された 神戸大学 六甲台本館 。
神戸大学 六甲台本館
写真の階段前のシーンから映画が始まるわけですが、俳優 故 中嶋 しゅうさんが演じる東條英機が秀逸で驚いた。
昭和初期に旧神戸商業大学として建設された本館や講堂、兼松記念館などは、室内外ともに重厚な意匠を備えており、国登録の有形文化財に指定されています。
神戸大学ではオープニングシーンの他にも、昭和天皇の玉座がある部屋や、玉音放送を録音するシーンなどの撮影が行われました。
御影公会堂
国道2号線沿い、石屋川の隣で独特の佇まいを見せる 神戸市立御影公会堂 。
劇中では後半に 陸軍参謀本部 として少しだけ登場してます。特徴的なデザインの照明器具が映っていたので、神戸の方ならピンときた方も多いのではないでしょうか?
神戸市立御影公会堂
御影公会堂は耐震工事を含めた大規模な改修工事が2017年に終わりました。 個人的には、外観・内部共に少し廃れた感のある雰囲気 (褒め言葉です) が好きでした。この映画が撮影されたのは改修工事前になりますね。
ちなみに当サイトの写真も改修工事前に記念に撮らせてもらった写真になります。
旧甲子園ホテル
そして 本木雅彦 さん演じる昭和天皇の 宮城 ※今で言う皇居 として、その居室や、皇后との食事のシーンなどが撮影された 旧甲子園ホテル 。 建築様式のモダンさで、他のロケ地との対比が生まれることを狙ったという。
旧甲子園ホテル(甲子園会館)の設計者はフランクロイド・ライトの愛弟子、遠藤新。 建物デザインはライトのそれにもよく似ていますが、随所に日本の伝統美が取り入れられ、壮麗な洋風建築の空間と巧みに調和しているのが特徴的です。
旧甲子園ホテル
旧甲子園ホテル(現武庫川女子大学 甲子園会館)は日本に残る数少ないライト式の建築であり、国の近代化産業遺産および登録有形文化財に登録されています。
京都のロケ地
日本のいちばん長い日 は京都の歴史的建造物でも多くロケが行われました。
京都府庁旧本館
京都府庁旧本館
1904年(明治37年)竣工の 京都府庁旧本館。 創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のもの。こちらも国の重要文化財ですが、劇中では 大日本帝国陸軍省 として多くのシーンが撮影されています。
なかでも、終戦へと政治が傾くなか、若き陸軍憲兵たちが阿南陸相に「命を賭けて、本土決戦をお願いします!」と懇願する階段のシーンは印象深いですね。
京都府庁旧本館 旧知事室
旧知事室が陸軍大臣の執務室として使われていましたが、室内の家具や調度品も、現在、同部屋に保存展示されているものが、結構そのまま登場していた様に思います。
大覚寺
昭和20年4月5日、第二次世界大戦が激化し日本の戦局が悪化の一途を辿るなか、昭和天皇に召致され内閣総理大臣の任命と組閣を命じられる鈴木貫太郎枢密院議長。 鈴木は77歳という老齢を理由に固辞する。
戦争終結を視野に入れていたであろう昭和天皇から「頼むから、どうか気持ちを曲げて引き受けて貰いたい」と言われては承知する以外の道はなかった。
劇中冒頭、宮城内の天皇御学問所 での昭和天皇と鈴木の組閣任命シーンの撮影が行われたのが、京都市右京区の大覚寺。 諸堂を結ぶ回廊「村雨の廊下」と「正寝殿」がその舞台となりました。
時代劇などの撮影がよく行われる大覚寺ですが、正寝殿の上段の間にカメラが入ったのは初めての事だったという。
楊谷寺
阿南惟幾 陸相官舎 として撮影が行われた 京都の天王山にある柳谷観音楊谷寺。 阿南陸相が自刃の決意を固めるシーンなどの緊張感溢れるシーンが楊谷寺の上書院で撮影されました。
上書院は明治初期に創建された、二階建て総檜造の瀟洒な日本建築。 元々は天皇家などの限られた人のみが入れる建物でしたが、現在は年に2回 春と秋に 一般公開されています。
上書院二階から眺める色鮮やかな紅葉はなかなかの絶景です。
舞鶴赤煉瓦倉庫群
兵庫と京都の県境に位置する舞鶴市の 赤煉瓦倉庫群 も、劇中で時の 海軍仮庁舎 として出ていましたね。
舞鶴赤煉瓦倉庫群
この赤煉瓦の建物群は、1901年(明治34年)の旧海軍舞鶴鎮守府の開庁に伴い、明治期から大正期にかけて建設されたもの。赤煉瓦倉庫群のうち8棟が国の重要文化財に指定されており、現在は「舞鶴赤れんがパーク」として一般公開されています。
まとめ
原田監督のイメージを具現化するために選び抜かれた「日本のいちばん長い日」のロケ地。 今回 紹介した場所以外にも “京都御苑” や 奈良の “橿原神宮” など関西地方を中心に撮影が行われました。
この映画は一回観ただけでは なかなか良さというか、深さが分からない映画の様に思います。また、素晴らしい建築の数々が映画のポテンシャルをかなり底上げしている様にも思えた。
ストーリーや歴史の描写をじっくりと噛みしめて観たあとに、劇中に出てくる建造物に目をやりながら反芻して観るのも、また違った楽しみがあるのではないでしょうか?
いやぁ…
ほんとに映画っていいものですねぇ
さよなら
さよなら
さよなら (*´ー`*)!
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