ザ・ガーデン・プレイス蘇州園
日本一の富豪村とは
明治後期から昭和初期にかけて、神戸市内に “日本一の富豪村” と呼ばれた場所があったのをご存知だろうか?
現在の神戸市東灘区住吉山手、住吉本町、御影郡家周辺に該当するが、当時は 住吉村と呼ばれていたエリアだ。今でこそ東京の田園調布や、芦屋の六麓荘町が高級住宅地と言われるが、当時の住吉村は桁違いの豪邸群が立ち並んでいた。
旧弘世邸(現蘇州園)
住吉村の起こりは、明治期、近代産業の発展と共に大阪市内の居住環境が「煙都」と呼ばれるほど悪化した事に伴い、大阪の豪商たちが自然豊かな六甲山麓の恵まれた環境への転出を意識したことに始まる。
朝日新聞創業者の村山龍平が大邸宅を構えたことに端を発し、住友銀行初代頭取の田辺貞吉、東洋紡績社長の阿部房次郎、久原財閥の久原房之助、野村財閥の野村徳七、乾汽船社長の乾新兵衛、武田薬品社長の武田長兵衛、伊藤忠商事の伊藤忠兵衛などなど、名を挙げるときりがなく…
旧弘世邸(現蘇州園)
当時、日本経済を牽引していた名だたる顔ぶれが住吉村に大邸宅を構えた。昭和初期の頃、全国平均の年間納税額が47円の時代に、住吉村にいたっては1,000円を超えていたというからそのスケールの違いが伺える。
往時に建築された旧住吉村の邸宅の殆どは建替えが行われているが、在りし日の姿をそのままに、現在も現役で活躍する建築がある。神戸御影の ザ・ガーデン・プレイス 蘇州園 だ。
弘世邸 から 蘇州園 へ
蘇州園は昭和9年に日本生命五代目社長である 弘世現氏の本宅として創建された数寄屋建築である。
間もなく築90年を迎える木造建築でありながら、戦火や戦後の接収、震災を免れて、創建当時の美しい姿をほぼオリジナルで残すというのは、ある種、奇跡ともいえるだろう。
旧弘世邸は1,600坪という広大な敷地の中央に配された300坪の建物と、それを取り囲む美しい庭園で構成されている。六甲山麓というロケーションを活かした傾斜地に、1階部分を鉄骨造とし、2階、3階部分は宮大工造りの日本建築で建てられている。
大戦末期に起こった神戸大空襲の被災を、何とか免れた弘世邸であったが、戦後のGHQによる財閥解体と接収の影が忍び寄る事になる。もし、当建築が接収に遭っていたなら、おそらく現在の蘇州園は無かったであろう。
戦後の昭和20年、住吉村一帯の財閥が次々と解体される中、弘世氏は自邸が米国人に取り上げられる事を危惧し、当時、友人だった華僑の黄萬居氏に譲り渡すことで接収を免れた。
今日ある、ザ・ガーデン・プレイス 蘇州園 の母体企業の創業者である黄萬居氏は、若くして台湾から来日し、食料品を中心とした貿易商として身を立てた実業家である。
建物の譲渡から18年間、黄萬居氏の居宅として、時には迎賓館として使われた旧邸には、高松宮宣仁親王殿下を始め、二代目伊藤忠兵衛、時の兵庫県知事 岸田幸雄、日本のマッチ王と呼ばれた瀧川儀作など、数々の賓客が訪れたという。
そして1963年、黄氏は香港からコックを招き、自邸を料亭式の高級中華料理店「蘇州園」として営業を始める。 蘇州園は富裕層を中心に大繁盛し、高級御座敷中華店としてのブランドを築き、阪神間の名店として30余年の時を重ねた。
ザ・ガーデン・プレイス 蘇州園
二階ラウンジ(旧食堂)
高級中華料理店「蘇州園」は、1995年の阪神淡路大震災をきっかけに、現在のブライダル & レストラン “ザ・ガーデン・プレイス 蘇州園” として生まれ変わり現在に至っている。
今でこそ歴史的建造物を活用したブライダルレストランは定着しているが、当時はまだ先駆け的な試みで、蘇州園はそのパイオニアといえる。
三階トップラウンジ(旧寝室)
当建築の歴史を綴ると、弘世現氏から黄萬居氏の邸宅として約30年、中華料理店からブライダルレストランの蘇州園として約60年間と、居住用途として生まれながらも、商業店舗としての活用期間が圧倒的に長い。
しかしながら、創建当時からの設えに大きな改修工事は行わず、昔造りの趣きや不便さを魅力に置き換え、日々のメンテナンスを丁寧に行いながら往時の建築美を今に伝えている。
三階トップラウンジ(旧寝室)
レストラン&カフェスペースは、二階の旧食堂にあたる約37畳のラウンジルーム、三階の旧寝室にあたるトップラウンジ、いづれも元々は和室の設えであるが、現在もその趣は濃く残り、和モダンな雰囲気となっている。
二・三階共に壁一面の大きな窓開口が配され、眼下に優美な庭園を望む。やはり、これだけ大きな昔づくりの木製窓の手入れは大変だそうで、日々、乾燥や湿気と向き合いながら営業されているとの事。往時のオーナーたちも窓際の一等席に座り、ティータイムを愉しんだに違いない。
また、一階の旧パーティースペースをリノベーションしたラグジュアリーなバーコーナーや、庭に面した明るいテラス席もとても心地よい。
一階テラス・バー
現在はランチやディナーに訪れる客が絶えない人気店だが、なかには中華料理店時代を偲んで来店する方や、また、親子三代に渡り蘇州園で結婚式を挙げたという方も訪ねてくるのだとか。
広大な敷地には小川が流れ、桜やツツジ、初夏の青もみじに秋の紅葉など、緑豊かな庭園には四季折々の草花が咲き、建築に彩りを添える。初代オーナーは中国・蘇州の美しい庭園になぞらえて「蘇州園」と名付けたという。
現代では同じ建物は建てることのできないとても貴重な建造物となっている、ザ・ガーデン・プレイス 蘇州園。「この気宇壮大な建築のことを多くの方に知って頂き、気軽に食事に訪れて欲しい」と総支配人の村田氏は語る。
総支配人 村田 智則氏
撮影取材協力:ザ・ガーデン・プレイス蘇州園
今回行った場所
ザ・ガーデン・プレイス蘇州園 公式HP
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