京都・大山崎 聴竹居 。
今からおよそ100年前に風光明媚な天王山の麓に建てられた個人邸ですが、建築ファンなら一度は耳にした事があるであろう、日本を代表する住宅建築です。
聴竹居は建築家、藤井厚二が自邸として昭和3年に完成させたもの。環境共生住宅の原点、また日本の木造モダニズム建築の代表格ともいわれる聴竹居には、現在、日本全国から多くの人が見学に訪れます。2013年6月に上皇上皇后両陛下がご訪問されたこともまだ記憶に新しい。
この度、大山崎の紅葉色付く晩秋にゆっくりと撮影させて貰う機会を頂戴したので、撮らせて貰った写真と合わせて、稀代の建築家 藤井厚二が遺した「日本の住宅」について綴らせて頂きたい。
聴竹居とパッシブデザイン
2050年までに温室効果ガスの排出をプラスマイナスゼロにする「カーボンニュートラル」が国を挙げて推進される様になった昨今、私自身が携わる住宅建築業界でも、それらの取り組みを踏まえた活動や潮流に加速がかかった様に思います。
戦後の日本は、住宅不足や高度成長期における住宅需要に対応した量的拡大の政策によって、住宅は「質より量」が優先され、その結果「家は古くなれば取り壊して建て直す」という考え方が定着し、約30年のサイクルでスクラップ&ビルドを繰り返してきました。
聴竹居「居室から食事室を見る」
しかし量が十分すぎるほど充足された近年、少子高齢化や環境問題もあり、従来まで行われてきた、取り壊しては建て直すという住宅供給の流れから、質の高い住まいに長く住む、という発想の転換が求められるようになります。
数年前から、大幅な省エネとCO2排出量削減を目指すZEH住宅や、三世代が住み続ける事を目標とした長期優良住宅などが、日本の住宅政策としても推し進められる様になりましたが、それらの家づくり思考の根幹のひとつに「パッシブデザイン」があります。
聴竹居「縁側」
パッシブデザインとは、建物をとりまく自然や環境が持つエネルギーを上手に利用できるような設計を行うこと。簡単にいえば機械装置に頼らずに、太陽の光と熱、風などの自然エネルギーで「快適な家」をつくろうとする設計手法です。
今でこそ住宅設計に「パッシブデザイン」を取り入れることは珍しいことではありませんが、つい近年までは、暑ければエアコン、寒ければヒーターと、化石燃料を使用した機械による物理的な環境制御以外の概念を用いるのは稀なことでした。
聴竹居
およそ一世紀も前に、科学的アプローチを駆使したパッシブデザインを巧みに取り入れながら、日本の気候風土と日本人の感性に適合させた「日本人の理想の住まい」を志向した建築家が藤井厚二であり、その試みを何度も行った完成形が藤井氏自邸の「聴竹居」となります。
一屋一室の間取り
古くから日本家屋で「田の字型」の間取りが使われていた理由として、部屋を壁ではなく襖で仕切る事で大部屋にも個室にもなるという間取りの柔軟性や、襖や欄間の開閉により採光や通風が確保出来るという利点が挙げられます。
「聴竹居」はその様な従来の日本住宅の良さに、洋風の暮らし方を取り入れて設計された建物であり、居室を中心とした各室は、扉を開けると大きな一室となる様に設計されています。
玄関から居室へ
居室
時代の流行に流されることのない「洋と和の幸せな統合」を目指したという聴竹居。
日本では珍しい内開きの玄関ドアを開けて中へ入ると、小さな玄関ホールを経て、その奥にある「居室」を囲むようにして 食事室・読書室・客室・縁側・調理室を配しています。
内開きの玄関ドア
ひと昔前の一般的な日本の住宅の間取りは、日当たりの良い南側に来客用の大広間(座敷)や応接間を取り、住人である家族の集うスペースが日当たりの悪い北側に追いやられているという設計が案外多く見られます。いわゆる接客空間中心の設計です。
家族の共有スペースである居間(リビング)を中心に大きく据える聴竹居は、家族の団欒を重視した間取りであり、現代の平面プランニングとしても全く古さを感じさせないのが特徴といえます。
小上がりの三畳間
居室の一部に設けられた三畳間の座敷は居室のフロアレベルより一尺ほど高い小上がりになっている。これは、椅子に座った人と畳に座った人の目線の高さを合わせ、同一空間で過ごす家族が心地良く居られるための工夫だという。
食事室
食事室
家の北東の隅に配置された六畳弱程ある正方形の食事室。
独立性を確保しつつも、円弧でデザインされた間仕切り壁によって緩やかに居室(居間)へと繋がっています。 窓下には造り付けのベンチが設けられ、天井には藤井氏がデザインした印象的な照明が明かりを灯している。
床を居室より15センチ高く、窓も他の部屋のものより床面から更に5センチ高く設置し、外部を通行する人の視線を交わす工夫がされている。
読書室
読書室
藤井氏と二人の子供用に設えた造り付けの机と書棚で構成された四畳余りの「読書室」。
リビングルームである居室と緩やかに繋がりながら、縁側を通して美しい眺望を楽しめるという環境の良さを合わせ持ったこの部屋は、テレワークの需要が多くなった現代において、ある種、最先端の間取りの様に思えた。
客室
玄関からも居室からもアクセス出来る2Wayの間取りとした「客室」は、和と洋が共存した最もデザインが凝らされた空間です。
網代天井の中央に杉の一枚板を通し、落とし掛けに繋がる取合部には F.Lライトを彷彿する幾何学的な造形の照明が存在感を放っている。また、床の間の地板を高くする事で椅子に座った際の目線に合わせるなど、和洋を統合したデザインが随所に見られます。
客室
コルビュジエ、ミース、ライトらが自身の建築において家具も設計した様に、藤井厚二もまた自分が設計した住宅は全て、家具や照明、敷物に至るまで全て自らがデザインしたといいます。
客室に配された椅子は座面が低く、着物の帯と干渉しないように背もたれ部分を後ろに設えるといった、当時の生活様式を考慮した設計としながらも、巨匠らの家具と同様にシンプルでありながらアイコニックなデザインである様に感じた。
縁側
縁側
柔らかい日差しが注ぐ、和モダンなサンルームといった設えの「縁側」。
窓の上部を磨り硝子にする事で、部屋内から軒裏を見えなくしている。窓下の地窓は庭からの涼しい外気を取り込むため。夏は居室への直射日光を遮り、冬は居室の奥まで光を届けるという。
調理室
調理室
白ペンキと白タイル、漆喰壁で仕上げられた「調理室」はハッチで食事室と繋がる。
機能性を追求し、当時の最新式電気冷蔵庫や電気の調理台を取り入れて、当時では珍しいオール電化を実現したという。それらの機器や配電盤なども往時のまま保存されている。
聴竹居を訪ねて
数年前に聴竹居を見学に訪れた際にも「懐かしさの中にある新しさ」みたいな感覚を受けたのですが、今回、改修工事後に訪れてみて、更にその印象が強くなった。
昨今、脱炭素社会の実現に繋げるべく、法令改正や技術革新が行われ、大手の建設会社が手掛ける「大型木造建築」が各地で続々と建てられています。2025年には地上17階建、高さ70mの木造ビルが東京日本橋に誕生するという。
約一世紀も前に、現代の住宅の在り方を模範するかの様に建てられた「聴竹居」は、木造回帰が進むこれからの建築物において倣うべきものが多くあるように思えた。
其の国の建築を代表するものは住宅建築である。 藤井厚二
【 撮影取材協力 】
一般社団法人 聴竹居倶楽部
株式会社 竹中工務店
【 参考・引用文献 】
聴竹居「日本人の理想の住まい」松隈章 著
聴竹居「藤井厚二の木造モダニズム建築」松隈章 著
今回行った場所
聴竹居 公式ホームページ
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