膳處漢ぽっちり
江戸時代から絹織物の卸問屋が軒を連ねた京都室町は、呉服の町として古くから知られ、現在も老舗の呉服問屋が数多く残こる。また、室町界隈は年々減少する昔風情の京町家もちらほら見られるエリアだ。
錦市場を烏丸方面に抜け、錦小路通をしばらく歩くと右手に見えてくる 膳處漢ぽっちり は、200坪余りある町家造りの呉服店を中国料理店としてリニューアルした建築だ。
洋風京町家 “膳處漢ぽっちり”
昭和10年に建てられた呉服店「旧富長商店」は、伝統的な表屋造りの間取りを持ちながら、ファサードにスクラッチタイルを設えた洋風意匠の町家建築で、鉄筋コンクリート造2階建の店舗棟と、奥に連なる木造2階建の居住棟、及び、離れと蔵で構成されている。
よく鰻の寝所といわれる、間口に対して奥行きのある長細い敷地形状や、道路に面した一階の部屋を「ミセの間」とした間取り、また中庭と奥庭を配し、通り庭が入口から奥へと伸びる設計は旧商家の京町家らしさが感じられる。
一階、商家の面影
一階 大広間
膳處漢と書かれた暖簾を潜ると、エントランスの左側にクラシカルな趣の「大広間」、右側に「ラウンジ」と呼ばれる小部屋が配されている。
重厚な格天井、そして味のある寄木材が敷きこまれた大広間は、商家が商売を営むための「ミセ」に当たる空間だ。呉服店だけに元々は畳敷きだったという。一般的な京町家のミセと比較するとかなり広く、大店の呉服店であったことが伺える。
一階 ラウンジ
深紅の絨毯と飴色に光る腰壁が印象的なラウンジは、往時、加工室として使われていたらしい。ここで反物の仕立てなどを行っていたのだろうか。
むっくりとしたソファーに身を沈め、通りに面した窓を眺めると、錦小路通を行き交う人々の姿が影絵のように映り込む。
地上2階、地下1階の洋館部分は呉服店当時、客人のもてなしや取引先との商談の場所として使われていたという。建物用途を中国料理店へとリノベーションした際に、手が加えられた箇所も多いと思うが、外観意匠とのバランスは実に秀逸だ。
華やかな洋館部分から奥は、土間と座敷で構成され、伝統的な商家らしい居住棟が広がる。
一階 奥座敷
居住棟にあたる日本家屋部分はフォーマルな京町家の趣がそのまま残されている。
中庭に面した「中の間」から、奥庭を望む「奥座敷」へと続く。京町家における中庭は、店棟と居住棟の間に置かれ、通風・採光の確保と共に陰影のリズムをつくりだす。
奥座敷から中庭をみる
商いをしていた伝統的な京町家は、陽当たりが良く四季折々の庭の景観を楽しめる奥座敷を、特別な客人の接遇部屋として使う事も多かったというが、はたして当家ではどの様に使われたのだろうか。
奥庭
京町家では、入口から奥まで続く細長い土間の事を総称して「通り庭」と呼び、家の中に光や風を取り込むために設けられた。
膳處漢ぽっちり においても、商家時代に通り庭として使われた土間が残されていて、ウェイティングスペースや高天井の客間として見事にリノベーションされている。
客間(旧通り庭)
二階、もてなしの設え
二階 大広間
洋館の2階部分は二間続きの大広間となっており、往時は応接間や展示室として利用されていたという。ゲストをもてなすシーンに合わせ、和洋の空間を使い分ける感度の高い呉服店だったことが伺い知れる。
壁面にはフォーカルポイントの暖炉が配され、二丁掛のスクラッチタイルが良い仕事をしている。このタイルはどうやら泰山タイルらしい。
大広間から廊下を渡り、奥の旧居住棟へと進むと一階同様に純和風の設えとなっていて、大きな円卓が置かれた座敷はなんとも特別感がある。
二階 奥座敷
今でこそ京町家をコンバージョンした飲食店は珍しくないが、2003年に開業した 膳處漢ぽっちり は京町家レストランのはしりともいえる。
店名の「膳處」とは、飛鳥時代の都「大津京」にあった御厨子所(※宮中で天皇の食事や節会の際の酒肴を調製する所)のことで、中国宮廷料理の流れをくむ北京の台所に見立て「漢」の文字を加え、膳處漢としたという。
また「ぽっちり」とは舞妓さんが身に着ける小さなかわいい帯留めのことで、膳處漢の奥にある蔵を改装したバーの名前でもある。
伝統的な京町家の暮らしには、日常(ケ)と非日常(ハレ)のけじめをつける心得があるという。日常は贅沢を慎むことで、非日常との対比が生まれ、暮らしにめりはりをつけるのだ。
少しだけ特別な日、とびきりの非日常が詰め込まれた 膳處漢ぽっちり で、北京膳を心ゆくまで楽しむというハレの日を満喫してみるのは如何だろうか。
撮影取材協力:際コーポレーション
今回行った場所
膳處漢ぽっちり 公式HP
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