「東華菜館」 四階客室
四条河原町から祇園、八坂神社方面へ向かって歩いていくと、鴨川河畔に建つ五階建ての洋館 東華菜館 が見えてくる。
異国情緒が漂う、独特の佇まいを見せる建築は、少しばかり京都の風情とは似つかわしくない姿形をしていますが、京都人にとってはおよそ100年以上前から慣れ親しんだ、京都を代表する ヴォーリズ建築 のひとつです。
その昔、京阪電車が地上を走っていた頃、京都人はこの建物が見えると「あぁ、京都へ帰ってきた~」という気分になったらしい。それほど地元では愛されてきた建築ということですね。
W.M. ヴォーリズ 唯一のレストラン建築
ミッションスクールや教会建築、百貨店などの大きな商業施設から小さな個人住宅まで、大正期から昭和初期にかけて、数多くの西洋建築を日本各地で手掛けた W.M.ヴォーリズ 。
ヴォーリズが設計した元住宅が、現在カフェなどにコンバージョンされているものは幾つかありますが、創建当時から「レストラン」の用途としてヴォーリズが設計を手掛けたのは、生涯のうち 東華菜館 の建築だけになります。
ヴォーリズファンならずとも、関西人なら一度は目にした事があるであろう、鴨川河畔の老舗レストランについて綴ってみたい。
スパニッシュ・バロックの老舗レストラン
旧矢尾政レストラン(現東華菜館)
1926年(大正15年)竣工の現東華菜館は、元々、西洋料理店 “矢尾政” の二代目店主 浅井安次郎氏が、ニュースタイルのビアレストランをイメージして、その設計をヴォーリズ氏に依頼して建てられたもの。ビールがまだ滋養強壮に効く飲みものと思われていた頃の話です。
旧矢尾政レストラン(現東華菜館)
禁酒禁煙を信条とするクリスチャンであったヴォーリズには「ビヤ」を伏せた、ただの「レストラン」の設計として依頼が届き、建設が進められたといわれています。
ヴォーリズ建築では珍しいスパニッシュ・バロック様式の外観は、かなり特徴的。
外壁には素焼きのテラコッタが使われ、南仏調のテイストも伺える。 四条通りに面したエントランスのファサードには、羊のマスクを筆頭に、タコやホタテの魚介や、野菜に果物といった食べもので尽くしたテラコッタで飾られています。
ビアレストランから中華料理店となった今でもこれらの食材が共通するモチーフなのはなかなか面白い。
スパニッシュの中でも過剰な装飾を特徴とするスパニッシュ・バロック様式ですが、日本でここまでコッテリとした装飾を施したものも珍しいのではないでしょうか?
屋上にそびえる塔が西側に寄っているのは、先斗町通りからよく見えるようにしたのではないか?と推測されています。
ビアレストランから北京料理店へ
「東華菜館」 四階客室
大正15年に華々しくオープンした「矢尾政」でしたが、次第に戦時色が深まる中、洋食レストランの存続が許されない状況になり、戦後、建物は店主の友人であった中国人へと託され、1945年(昭和20年)に北京料理店として、現在の東華菜館へと生まれ変わりました。
内部は改修を繰り返しているそうですが、創建当時の趣がよく残されている様に思います。 インテリアはネオ・ルネサンスや東洋風の様式を取り入れながら、チャイニーズテイストの空間としてうまく纏められています。
100年近くの歴史を持つ東華菜館の管理維持は、代々、建物の所有者である一族の方々が担っているそうです。
この建物を楽しみに来店するお客の為に、補修することは重要な設備投資の一つだと考え、なるべく竣工当時のままの趣を残す努力をされているのだとか。
東華菜館ではフロアごとに個室や宴会場などいろいろな部屋が用意されていて、多くの部屋が鴨川に面しており、其々の窓からは鴨川や東山が一望できます。個室は人数に応じて、半個室や完全個室など様々なタイプの部屋が用意されています。
それぞれの部屋に異なった装飾や調度品が施されていて、見ているだけでなかなか楽しめます。館内の見学のみはNGですが食事をすれば、気軽に応じて頂けます。
ヴォーリズ本人も、建築当時には、まさかチャイニーズレストランになるとは想像もしていなかったと思いますが、今となっては、創建当時からのコンセプトが受け継がれているようにも感じられる。
また、東華菜館といえば運転手付きの手動エレベーターが有名です。1924年米国で製造・輸入されたOTIS製のエレベーターは現存する日本最古もの。蛇腹の二重扉や時計針式のフロアインジケーターなど何ともノスタルジー。これだけでも一見の価値はあり。
そのほか館内にある家具や調度品も昔のものが大切に使われています。
まとめ
若干、敷居が高くも感じられる老舗中華料理店「東華菜館」ですが、高級フルコースだけでなく手軽に一品料理を注文できるので、京都のまち歩きを楽しんだ後、気軽に立ち寄ってみるのがおすすめ。
鴨川と南座を望みながら楽しむビールはなかなか良いものですよ!
今回行った場所
東華菜館 公式ホームページ
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