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滋賀日野「岡家住宅」ヴォーリズが残した和風建築の陰翳礼讃

投稿日:

S.L
ヴォーリズ和風建築 !


「岡家住宅」

日本における西洋建築の父 ウィリアム・メレル・ヴォーリズ は、大正から昭和中期にかけて日本各地で数多くの西洋建築の設計を手掛けました。1905年(明治38年)の来日以降、実に1500以上の作品を日本に残したといいます。

ヴォーリズ建築は “住む人・使う人” のことを思いやることを第一に考えた設計がその大きな特徴ですが、特に決まった建築様式がある訳ではなく、米国建築の伝統様式に日本の気候風土や住習慣に適合させる工夫がなされているのも特徴のひとつ。

ヴォーリズの作品といえば日本的な良さを取り入れた親しみやすい “洋館” といったイメージがありますが、純和風の日本建築も手掛けています。ヴォーリズの和風建築として現存が確認されているのは、近江八幡、近江今津、堺市に10邸前後と推測されています。

佇まいの美しいヴォーリズ和風建築

岡家住宅 は滋賀県蒲生郡日野町の里山にひっそりと建つ、ヴォーリズ設計による純和風建築です。二階の大屋根は切妻屋根、東の平屋部は入母屋造の意匠、外壁は黄士色のモルタル仕上げで赤色桟瓦と共にどこかモダンな印象も与えている。

外観だけではヴォーリズ建築には見えないですよね。隣り合う日本家屋と里山の景観に溶け混み過ぎていて、気を付けていないと、うっかり通り過ぎてしまう程。でも、しっかりとヴォーリズらしさが詰まった素敵なお家でした。

岡家住宅はヴォーリズ建築作品リスト(1906 – 1942)の住宅部門に “1938年「T. 岡邸」鎌掛(滋賀)” として掲載されている物件で、竣工は1939年(昭和14年)、ヴォーリズ晩年の作品のひとつです。


裏庭と煉瓦造のテラス

岡家は元々 近江商人の家系で、関東で醤油づくりをしていた家柄。こちらの邸宅は当代当主である「岡俊雄」氏の父が住まう新居として、祖母にあたる「恵美」氏が近江八幡のヴォーリズ建築事務所に依頼して建てたものになります。

建築時から多少の増改築がされていますが、内外部共に概ね創建時の意匠がよく保存されています。また、建築当時の設計図面や仕様書から、見積書、領収書に至るまでの建築時の資料が多く残されていて、歴史的価値を底上げしている。

アプローチから泰山タイルのある玄関へ

アプローチ ・ 玄関口

数奇屋門を潜り玄関へと向かうと早速ヴォーリズらしさが見受けられます。大正・昭和の近代建築を飾った名建材 泰山タイル が迎え入れてくれる。泰山タイルファンの僕としてはかなり嬉しい。ヴォーリズも自身の建築に泰山タイルを好んで取り入れた建築家のひとりです。

腰壁には泰山の王道とも言える布目タイルが整然と並んでいる。ベンガラを混ぜた目地で仕上げられているのが特徴的。そういえば、京都島原 きんせ旅館に貼ってある玄関土間の泰山タイルもベンガラ目地だったな。

玄関の泰山タイル

腰壁の下に設けられた造り付けの下駄箱もイイ味を出していますが、ヘリンボーン張りで施工された土間の泰山タイルが小気味良いリズムをつくっている。客人を迎える玄関ホールは、全体的に和モダンのテイストでまとめられている印象を受けました。

また、この玄関は来客を屋内へと知らせる為に、音が良く反響する様になっている。

続き間の和室

ヴォーリズの住宅建築で和室があること自体は珍しくないのですが、所謂、女中部屋や小間のイメージが強い。岡家住宅には和風住宅の佇まいに相応しく要所に畳敷きの和室が配置されている。なかでも一階の二間続きの和室の設えは趣向を凝らしたものになっています。

一階和室

陽当たりのいい南側に続き間の和室を設けるのは日本旧家の王道とも言える間取りですが、雪見障子の広縁を緩衝帯として、八畳間、六畳間が配置されている。広縁の天井に造作された化粧垂木は軒先まで続いていて数奇屋風の意匠となっています。

八畳間の仏間扉は軸回しではなく、平時、慶時には扉を締めて客間として使用し、仏事の時のみ二間間口の真ん中に仏壇が構え、仏間として使用出来る様に工夫されています。また、廊下から和室への段差も少なく、バリアフリーに留意した人に優しい設計となっている。

六畳間には屋久杉、八畳間には吉野杉と、天井仕上材の樹種を使い分けているのも面白い。

それでは、廊下を挟んだ北側の居室へ…

レトロモダンなダイニング

DINING・KITCHEN

一階の北側には、ダイニングキッチンと、主人の書斎が設けられています。キッチンスペースは昭和52年に増築されているので創建時の趣きは残っていませんが、大正から昭和初期の住宅に多く設けられた、造り付けの配膳ハッチが往時の暮らしを偲ばせる。

配膳ハッチを挟んで、一家団欒の居室である茶の間、今で言う “ダイニング” にあたる部屋へと繋がります。こちらの茶の間も畳敷きで部屋の真ん中には掘りごたつが設けられています。ヴォーリズ建築では珍しい神棚もありましたよ !

往時を偲ばせるDEN

DEN

見学にあたって頂戴した岡家住宅のリーフレットには “事務室” とありますが、今風に言うと “DEN” や “書斎” という呼び方の方がそれっぽいと思える部屋。 DENとは一般的には書斎や趣味の小部屋を指します。男心をくすぐる隠れ家の様なスペースですね。

こちらは当代当主の父「岡誠」氏が事務室兼、趣味の写真用の暗室として使用していた部屋になります。限りなく当時に近い様子を再現しているとの事で、とても良い雰囲気が感じられました。

階段室から二階へ

階段室・主寝室・和室四畳半間

ヴォーリズ設計の特徴である緩やかな勾配の階段を登った二階には、北側に四畳半、南側に六畳間の和室、そして主寝室の三部屋が配置されている。書斎の用途としても使われた四畳半の和室の出隅には鈴鹿山脈の眺望が楽しめるL型の出窓が設けられています。

二台の木製ベッドが置かれた主寝室の内装は、漆喰塗の真壁から壁紙仕上げの大壁に改装されていますが、床の仕上げは創建当時のオリジナル。また、二階の三部屋は回遊動線で繋がっている。

まとめ

陰翳礼讃いんえいらいさん” とは、文豪 谷崎潤一郎が随筆で論じた、“日本文化は陰影にこそ美を見いだす” というもの。

西洋の文化では可能な限り部屋の隅々まで明るくし、陰翳を消す事に執着しましたが、いにしえの日本ではむしろ陰翳を認め、それを利用することで陰翳の中でこそ映える芸術を作り上げました。

こうした主張のもと、建築、照明、紙、食器、食べ物、化粧、能や歌舞伎の衣装など、多岐にわたって陰翳の考察がなされてきましたが、こと、日本建築というジャンルにおいては、特に陰翳が作り出す美しさを大切にしているのではないでしょうか。

日本という国を愛したヴォーリズも、日本文化に根付いた「陰翳礼讃」という美意識をこの住宅設計に取り入れて、自らの建築理念とうまく融合させている様にも思えた。

とても美しい佇まいを見せる国登録有形文化財「岡家住宅」は、予約制で見学をさせて頂けます。ヴォーリズの聖地とも言える近江八幡から車で約1時間なので、ヴォーリズ建築めぐりの旅のスケジュールに入れてみるのもいいかも分かりません。

では、また !

岡家住宅 公式ホームページ



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今回行った場所

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