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滋賀 近江八幡「ヴォーリズ建築」を巡るノスタルジックな まち歩き

更新日:

S.L
ヴォーリズ近江八幡!


ハイド記念館

日本における西洋建築の父 “ウィリアム・メレル・ヴォーリズ” は、明治後期から戦前昭和にかけて1,500以上の作品を手掛けた建築家。

現在も、北は北海道の北見市から南は宮崎県の延岡市まで、全国各地に残る 約200棟のヴォーリズ建築の中心地が 滋賀県の 近江八幡おうみはちまん であり、ヴォーリズファンにとっては聖地の様な場所。

何故、近江八幡なの? という方は、以前の記事で近江八幡のまちとヴォーリズについて触れていますので、良かったら目を通してみて下さい。

前回の記事で紹介できなかった近江八幡に現存するヴォーリズ建築の魅力をたっぷり綴らせて頂きますので、どうぞ最後までお付き合い下さい!

滋賀 近江八幡「ヴォーリズ建築」のまちとノスタルジックな散歩路

日本最大の貯水量と面積を持ち、その大きさから近畿の水がめとも ...

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アンドリュース記念館

ヴォーリズ設計の第一号建築

アンドリュース記念館は1907年(明治40年)に竣工した、ヴォーリズ設計による第一号の記念すべき建築です。 この建築が建てられるに至った経緯には、とても感慨深いストーリーがあります。

ヴォーリズが日本に渡った1905年の最初の夏休み、故郷の米国より一通の悲報が彼の元に届きます。それはヴォーリズの大学時代の良き親友であり、ヴォーリズの導きによってキリスト教信者となった ”ハーバート・アンドリュース” の永眠の知らせだった。


アンドリュース記念館「祈りの部屋」

若き日のヴォーリズは、将来、キリスト教青年会館(YMCA会館)を建てる夢を常に熱く語っていたという。 アンドリュースの没後、ヴォーリズのもとにハーバードの親族や友人たちから “ハーバートとヴォーリズの友情” の証として1,500ドルが送られました。

遺族から贈られた資金と共に、ヴォーリズ自身も全ての貯金を投入し、アンドリュースの没後2年目に竣工したヴォーリズ第一号の建築は “アンドリュース記念近江八幡基督教青年会館” と名付けられ、ヴォーリズの拠点として様々な教育活動が行われたといいます。

アンドリュース記念館「祈りの部屋」

現在の会館は、当初建物があった位置から、隣接地に古い材料を再利用して移築されたものになりますが、ヴォーリズが建設当初から7年間使用したという書斎と小部屋は「祈りの部屋」と呼ばれ、記念室として当時の趣のまま保存されています。

記念室は、例年、春と秋の年2回だけ内部の一般公開が行われています。

ナッツ専門店 “GOING NUTS”

アンドリュース記念館の2階には、カリフォルニアナッツとドライフルーツのお店「ゴーイングナッツ」がテナントとして入店されています。 ギシギシと鳴るレトロな階段を登ると、1階の記念室とは雰囲気の異なる、とても明るいお店がオープンしている。

GOING NUTS

店内では数多くのナッツとドライフルーツが量り売りされていて、気さくなスタッフさんが色々と試食させてくれます。 今回は、試食で気に入った “燻製ピスタチオ” をたっぷり買って帰った。 これビールのアテに最高。

ハイド記念館・教育会館

T字型の大きな窓とオフホワイトの外壁、そして空にピンと腕を伸ばすかの様に赤色の桟瓦葺き屋根から突き出たエントツが特徴的な可愛らしい外観の建物。 1931年(昭和6年)にヴォーリズが手掛けた建築です。

メンソレータム創業者であるハイド氏の夫人から受けた寄付によって、清友園幼稚園の園舎として建設されたものが “ハイド記念館” 、講堂兼体育館として建設されたものが “教育会館” と呼ばれています。ここは本当にヴォーリズらしさが感じられる建築だと思う。

ハイド記念館・教育会館

ハイド記念館は実際に2003年まで幼稚園舎として使用されていました。「日本国内にあって最も理想に近い幼稚園」を目標に建てられたとあって、内部には園児にあわせた工夫が随所に施されています。

採光のために大きく配された窓には、しっかりと手摺が設けられていて鍵は高い位置にある。緩やかな勾配を持ち、踏み板を広くとった階段など、子供の安全に配慮した作りになっている。

ハイド記念館・教育会館

2000年に国の登録有形文化財となった ハイド記念館・教育会館は、創立者ゆかりの品や絵画等と共に、常時一般公開されています。古いけれど、どこか懐かしく暖かみが溢れる校舎からは、ヴォーリズ建築ならではの優しい香りが伝わってきます。

池田町洋館街

池田町洋館街とは、ヴォーリズが大正期に手掛けた住宅3棟と、味わいのある “ハネ煉瓦れんが” で積まれた外塀が残る、近江八幡市内の住宅地の事。 この一角にはヴォーリズ初期の作品が3棟 現存しています。


旧吉田邸 と 旧ウォーターハウス邸

1912年(大正元年)に、もともと子供達の自転車遊びの広場だったという約1,000坪の土地を入手して始まった、洋風住宅の建築群ですが、当時、近江八幡に住んでいた人たちの目には、さぞかしハイカラなものに映ったんじゃないだろうか?

もともと、この池田町洋館街には現存する3棟の他に、若き頃のヴォーリズ自邸があった事でも知られています。

旧ウォーターハウス邸

ヴォーリズが近江八幡の地で建築設計と共に尽力したのがキリスト教の伝道です。そしてヴォーリズが中心となって結成されたキリスト教伝道団体のことを “近江ミッション” と呼びました。

旧ウォーターハウス邸は、ヴォーリズと出会い、その人格やビジョンに共鳴して近江ミッションに加入した、ポール・ウォーターハウスとその夫人のベッシィの住まいとなります。

1913年(大正2年)築の 旧ウォーターハウス邸 は、米国の伝統的な建築様式であるコロニアル・スタイルで、3階建て11室に、暖炉が5箇所、煙突2本と住宅としてはかなり規模が大きい。

ウォーターハウス夫人のベッシィが、ここで料理講習会を開いたり、さらには英語や聖書、そして賛美歌を指導する教室を開くなどの用途を目的の一つとして建てられたのが、大ぶりの住宅となった理由の様です。

旧ウォーターハウス邸

築100年が経過し、老朽化が目立つ様になったことなどから、公益財団法人近江兄弟社により全面的な改修工事が施されていますが、往時の趣きがとても美しく残されている住宅です。

現在は「ウォーターハウス記念館」として、例年、年2回だけ 内部の一般公開が行われています。

旧吉田邸

1913年(大正2年)旧ウォーターハウス邸の隣に、時を同じくして建てられたのが旧吉田邸。

ここに住んだ 吉田悦蔵氏 はヴォーリズが来日当初に教師として赴任した近江八幡商業高校の教え子であり、その後も、生涯に渡ってヴォーリズの右腕として近江ミッションを支えた人物です。

旧ウォーターハウス邸と同じく、腰折れスレート葺き屋根のコロニアル風の意匠ですが、築後まもなくに2回の増改築が施されている様です。 旧吉田邸は現在、外部のみの見学で、内部は非公開となっています。

ダブルハウス

池田市洋館街の残る もう一棟の住宅 “ダブルハウス” は、1921年(大正10年)に竣工し、現在も現役の住宅として活用されているヴォーリズ建築です。 

元々は近江ミッションの米国人スタッフ用の住宅として建てられた住宅ですが、いわゆる、日本で言う所の「ニコイチ住宅」、左右対称にて全く同じ大きさと間取りの二軒の家を背中合わせに繋げて一棟とした、当時の日本ではかなり珍しい形態の住宅建築になります。

ダブルハウス

二戸一ニコイチは、二戸を横に連結することによって、建築費と暖房コストの削減、そして庭のスペースを広く取る事が可能になるという合理的な形式で、郊外の庭付き戸建て住宅の為に創意工夫され、欧米を中心に広まったと言われています。

ダブルハウスはヴォーリズが自著でも “作例” として取り上げる、会心の出来栄えだった様ですね。

さてさて、少しだけ足を伸ばして、今回最後の近江八幡ヴォーリズ建築へ。

旧伊庭家住宅

伊庭いば家住宅 は旧住友財閥の総領事だった伊庭貞剛の発注で、1913年(大正2年)ヴォーリズの設計により建てられた和洋折衷住宅です。

主屋の一階中央に階段を挟み、片側に座敷や続き間の和室を置き、もう片方に暖炉のある食堂や明るいサンルームが配されていて、うまく和と洋の空間がゾーンニングされている。

この建物は、洋風の外観を持ちながら、和風の玄関や和室を多く採り入れることに大変苦労したことがよくわかる、ヴォーリズ初期の作品として貴重な建築です。

旧伊庭家住宅

旧伊庭家住宅はボランティア団体オレガノの運営によって、常時一般公開されています。

あとがき

1905年(明治38年)2月2日、遠き米国から、身を切る様な寒風が吹く近江八幡駅に志高く降り立った、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ 24歳。 彼は83歳でその生涯を終えるまで近江八幡に留まり、この町と日本を愛したといいます。

ヴォーリズは隣人愛の精神を、言葉によって説き、空間で語りました。 近江八幡には、そんなヴォーリズの精神や温もりを感じることが出来る多くの建築が、地元の方々の努力によって維持されています。

今や町の伝統の一部となる素晴らしいヴォーリズ建築が、一棟でも多く後世に残って欲しいと思います。

では、また!

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