日本最大の貯水量と面積を持ち、その大きさから近畿の水がめとも比喩され、その昔は近江の海とも呼ばれた琵琶湖。
琵琶湖東岸に広がる地域を 湖東地方 と言いますが、湖東地方は古代から条里制(土地区画制度)が布かれるほど広大な平野を持ち、京都から東国への交通アクセスの要所にあたる場所に位置する為、天下統一をめざす戦国大名たちにとって重要な地域でした。かの “織田信長” も、この地に山一つを城にしたという安土城と城下町を築きました。
安土城天主跡から望む西の湖
その湖東地方に “近江商人発祥の地” として栄えた町、 近江八幡 があります 。
風情ある町並み “近江八幡”
近江八幡は豊臣秀吉の養子の “秀次” が1585年に開いたとされる八幡山を中心とした城下町。
鉄道駅から離れているため、都市化の波を受けずに現在も城下町の名残りを残しています。 趣がある木造建築の旧家が立ち並び、石積みの堀には屋形船が浮かぶ、なんともノスタルジックな町です。
近江八幡といえば “八幡堀”
八幡堀 は城下町と同時期に造られた、いわゆる人工の水路。町と琵琶湖を連結し、湖上を往来する船を城下内に寄港させることで、人・物・情報を集める事を目的に造られました。 現在は “水郷めぐり” として船上から八幡堀をゆっくり観光できます。
八幡堀 「水郷めぐり」
堀沿いには白壁土蔵の旧家が並び、春には桜や花菖蒲が水辺を彩る。 石畳の遊歩道を歩いていると、いつの間にか往時の堀端に迷い込んだ気分にさせられます。
江戸時代の町並み “新町通り”
安土城城下町から楽市楽座を受け継いで、商人町として栄えた近江八幡の城下町は、当時の “町割り” がほぼ昔のまま残っています。
近江八幡 「新町通り」
八幡山城を中心にして碁盤の目に整備された町割りは大阪のそれと良く似ていて、現在も “両側町” や “背割下水” と言った400年前のまちづくりの痕跡が見られます。
豊臣秀次が作った町とされていますが、実はずいぶんと “建築家 太閤秀吉” の意見や意向が盛り込まれた城下町なんじゃないでしょうか?
重要伝統的建造物保存地域にも指定されている 新町通り には、古い商家が整然と立ち並んでいます。現在も商いをされているお店もありますが、実に控えめなのがいい感じ。観光客向けの土産物屋が商売っ気満載でギラギラ並んでいるような所ではなく、落ち着いて町を散策できます。
西川庄六商店
安土桃山時代から約400年続く西川庄六商店
旧西川家住宅
近江八幡を代表する豪商「西川利右衛門」の屋敷
写真を撮ることを目的の一つに出掛ける事が多い僕にとって、旅先での観光客の多さは気になるところなんですよね。京都に負けず劣らず風情ある街並みを残す近江八幡ですが、観光客は京都に比べるとずいぶん少ない印象です。
インバウンド市場の拡大により、今でこそ多くの外国人が訪れる国となった日本ですが、今から110年以上も前、1905年(明治38年)に米国から遠く海を渡り、志高く近江八幡の地に降り立った一人の青年がいました。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ
文明開化が始まった明治期の “異人館” から、近代化の夢をかきたてた大正時代の “西洋館” へ、そしてさらに身近な「洋風住宅」となって、日本の住宅は洋風化へと進んでゆきました。
W・M・ヴォーリズ は大正から昭和初期に、一種の洋風住宅ブームを引き起こした、そのモデルとなる住宅や建造物を日本各地に残したアメリカ人建築家です。1905年の来日以降、実に1500以上の作品を手掛けたといいます。
ヴォーリズ肖像 出典 : atpress
ヴォーリズは24歳の時にキリスト教の布教を目的に来日し、英語教師として滋賀県県立商業学校(現八幡商業高等学校)に赴任しました。
2年後には教師を辞めることになりますが、その後は大学で学んだ建築学を活かし、建築家としての才能を遠く日本の地で開花させます。
ヴォーリズが住み続けた近江八幡には、氏の手によって建てられた建築物が現在も近江八幡市内に多く現存しています。江戸時代さながらの町並みのなかに、ヴォーリズ作のモダン建築が点在するのも近江八幡の魅力のひとつ。
今回はヴォーリズが近江八幡に残した代表的な建築物と、近江八幡界隈のおすすめスポットをカメラ片手にまわりますので、どうぞ最後までお付き合い下さい。
ヴォーリズ記念館
ヴォーリズ記念館 (一柳記念館)はヴォーリズが夫人と暮らした木造二階建住宅。木板張りの外壁と赤い屋根に白い煙突が印象的な洋館です。1931年(昭和6年)竣工の滋賀県指定有形文化財。
十字架をモチーフにデザインされた窓枠
現在は住宅の一部が資料館として公開されており、内部には愛用のピアノや書籍、家具などの遺品や資料が展示されています。ヴォーリズ記念館の見学には事前予約が必要ですが、近江八幡の建築巡りの予定には是非入れておきたい建物です。
旧八幡郵便局
旧八幡郵便局 は1909年(明治42年)に建てられた木造建築。 1921年(大正10年)にヴォーリズの設計によってモダンな局舎に改築工事が行われました。ヴォーリズ初期のリノベーション実例という事になります。
重厚な八幡瓦の屋根を使いながらも、ヴォーリズが得意としたスパニッシュなスタイルと折衷させた外観デザインは、個性的ながらも古い町並みに溶け込んでいます。
旧八幡郵便局
一階には骨董屋さんがあったりして、レトロな空間がなんともいい感じ。かつては電話交換室だったという2階のスペースには、ヴォーリズの資料が展示されています。歩くとギシギシと鳴る床に、剥げ落ちた壁の塗装。どこか懐かしく、ノスタルジーを刺激します。
太平洋戦争のさなか、日本に帰化したヴォーリズは、奥様である「一柳満喜子」夫人の姓をとって、一柳 米来留と改名しました。 “米国から日本に来てここに留まる”という意味があるといわれています。
旧八幡郵便局 二階電話交換室
上の写真のなかにヴォーリズのサインがありますが、 “丸に点” のマークは世界の中心を表すヴォーリズのシンボルマーク。「ここは世界の中心ですよ !」という、日本と近江八幡を愛する気持ちの現れだとか。
現在、旧八幡郵便局は地元のNPO「一粒の会」の管理によって、ギャラリーやイベント会場などの多目的スペースとして活用され、一般にも無料公開されています。
“おやつ” と “おみや”
近江八幡発祥の老舗菓子店といえば たねや が思い浮かびますが、今は同じ たねやグループ の “クラブハリエ” の方が、名前がよく知られているかも分かりませんね。
“たねや” を運営する山本家は、元々、江戸時代に材木商を生業とした家系。のちに近江八幡の池田町で穀物類・根菜類の種子を商う「種屋」を創業し、明治初期に7代目 山本久吉が和菓子店を始めたのが現在のルーツ。
たねや 日牟禮乃舍の「つぶら餅」
八幡堀からほど近くにある “日牟禮八幡宮” 。 八幡宮へのお詣りや町の散策の合間に気軽に立ち寄れる、昔ながらの茶屋をイメージしたという “たねや日牟禮乃舍” 。
落ち着いた佇まいの町家で、あつあつできたての「つぶら餅」をほっこりいただいてまずは一服。
クラブハリエ日牟禮カフェ “旧忠田邸”
“たねや日牟禮乃舍” の向かいにある “クラブハリエ日牟禮館” 。ヴォーリズの建築巡りで近江八幡に来たのなら、是非 予約をして行ってみたいのが、 クラブハリエ日牟禮カフェ の「特別室」。
元々、忠田兵蔵という方の邸宅として1936年(昭和11年)に建てられたスパニッシュスタイルのヴォーリズ建築です。老朽化していた旧忠田邸をたねやが購入し、丁寧に保存修復した後にクラブハリエ日牟禮カフェの 特別室 としてカフェ利用されているというもの。
完全予約制となりますが、予約時間は貸切でヴォーリズ建築と珈琲をゆっくり堪能する事ができます。配された各部屋の設えは、往時の生活を思わせる空間に仕上げられ、アンティークな雰囲気を楽しみながら、少し贅沢な時間を過ごすことができます。
お土産買いに “ラ コリーナ近江八幡” へ
ラ コリーナ近江八幡 は “たねやグループ” のフラッグシップショップ。クラブハリエのバームクーヘンやパン、たねやのお菓子などが購入できたり、併設するカフェで焼きたてのバームクーヘンをいただけます。
設計は自然素材や植物を取り入れた建築を多く発表している 藤森照信氏。八幡山を背に広がる丘陵地に、自然と一体になり溶け込む様に設計された草屋根葺きの外観は圧倒的なインパクトがあります。
スイーツ好きの方はもちろん、そうじゃない方でも楽しめる、近江八幡に来たら是非訪れたいスポットのひとつです。
レトロな駅舎 “新八日市駅”
最後はヴォーリズとは直接関係はないのですが、個人的におススメのレトロ建築。近江八幡から車で20分ほど走ると、これまた哀愁のある木造駅舎が見えてきます。
100年以上前の建築ですが、今も年間30万人以上が利用する現役の駅舎です。
近江鉄道の 新八日市駅 は 1913年(大正2年)の開業。 木造の駅舎は建築当時の面影をそのまま残しています。駅舎の中はまるで映画のセットのような雰囲気。一度、電車に揺られてやって来て、ここのホームに降りてみたい。
あとがき
ヴォーリズの聖地ともいえる近江八幡は、過去と現代、日本と西洋が見事に融和し、その歴史情緒も感じられる素敵な町。
古いながらも どこかモダンな街並みには、古民家を使ったギャラリーやショップ、酒蔵や土蔵をリノベーションしたカフェなどがあり、何度でも散策したい魅力に満ちています。
今回はヴォーリズが半生を過ごした町の空気を満喫した一日でした。
では、また!
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今回行った場所
八幡堀
西川庄六商店(大文字屋)
旧西川家住宅
ヴォーリズ記念館 公式ホームページ
旧八幡郵便局
クラブハリエ日牟禮館 公式ホームページ
ラ コリーナ近江八幡 公式ホームページ
新八日市駅