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京都最大の旧色街「五条楽園」の遊郭建築と下町レトロ散歩路

投稿日:2018-03-09 更新日:

Hamzo
五条大橋!

京都の象徴として多くの人々に愛され、親しまれている“鴨川”

下京区と東山区の境の鴨川に架かる「五条大橋」は牛若丸と弁慶が初めて出会った場所としても有名ですよね。平安時代の五条大橋は二筋上流の松原通にあたり、当時の五条橋は今の松原橋の位置っていうのが通説だそうです。

五条大橋のすぐ近くに、かつて「五条楽園」と呼ばれたまちがあったのをご存知でしょうか?

今はもう無き五条楽園跡は五条大橋の南方、鴨川の傍を静かに流れる“高瀬川”沿いに広がります。

透き通った水が清らかに流れる高瀬川を眺めながら歩く、木屋町通りの散歩は「あぁ、京都にやって来たなー!」なんて気分にさせてくれますよね。

高瀬川は野鳥も多い河川で、僕が五条楽園界隈を歩いた麗らかな陽気の日も、小さなヒヨドリたちが川面を追いかけっこしとりました。

五条通から七条通までを高瀬川を中心にして広がる五条楽園の町並みは「楽園」のイメージとは程遠い、いわゆる超下町風情あふれる景観。

細い路地を抜けると、お馴染みの軒下の赤バケツが並んだ民家が軒を並べ、路地裏の民家のトタン壁に描かれた落書きや、懐かしいレトロな銭湯なんかもちらほら。

京都最大の旧色街を歩く

五条楽園とは?

五条楽園とは、江戸後期から明治期にかけて「七条新地」の名で繁栄した京都最大の遊廓地帯のこと。もともとは、五条新地、六条新地、七条新地という隣接する複数の“遊廓”が大正時代に合併して出来た花街です。

京都の旧花街と言えば、以前の記事で書いた「島原」がよく知られていますが、島原は主に武家や富裕層を相手にした“高級花街”、かたや「七条新地」は一般庶民の花街でした。

お茶屋や、置屋、歌舞練場などがあり、祇園や島原などの花街とも似ていますが、芸妓より娼妓が大多数を占めていた様なので色街という呼び方の方がしっくりくるのかも分かりませんね。

五條會館歌舞練場|築百年を超える木造三階建建築

島原は幕藩体制の崩壊と共に急速に衰退していきましたが、庶民の色街であった七条新地の繁栄はその後も続き、戦後もいわゆる“赤線地帯”として生き残りました。

1958年(昭和33年)の売春防止法施行により遊廓としての幕を一旦閉じた後、「五条楽園」と名を変えて、芸妓一本の花街として2011年まで営業をしていた様です。

赤線とは

日本で、1958年の売春防止法施行以前に公認で売春が行われていた地域の俗称。非公認で売春が行われていた地域の俗称は「青線」である。戦前から警察では、遊郭などの風俗営業が認められる地域を、地図に赤線で囲んで表示しており、これが赤線の語源であるという。 引用:wikipedia

数多く残る“色街遺構”

最盛期には150軒ものお茶屋や置屋があり、つい近年まで現役の色街だった五条楽園。現在は静かな京の下町ですが独特の雰囲気のある街です。

遊廓建築とカフェー建築が今も多く残り、古建築好きなら建物を眺めて歩くだけでも楽しめます。

本家三友

高瀬川沿いに建つ、“本家三友”は地域を代表する最大の元お茶屋。唐破風の上には「三友樓」の文字が刻まれた軒瓦が鎮座しています。

建物を眺めながら歩いていると、伝統的な「唐破風」を持った遊廓建築が、民家にまじっていくつも建っています。

反曲カーブが印象的な唐破風は「唐」と付くことから中国から入ってきた建築意匠っぽい印象ですが、実は日本古来の建築様式で、鎌倉時代に生まれ安土桃山時代に最も人気にあった様式です。

「破風」の形式としては、最も格が高いとされて社寺建築や城郭に主に使われてきました。

京都には唐破風を持った昔ながらのお風呂屋さんが幾つか残っています。柔らかい曲線と銅板の緑青が、なんとなく花街の色っぽさを演出してる様な気もしますね。

宿や 平岩

こちらは昭和33年の売春防止法施行後、遊廓から旅館へと移行した建築です。平成28年に「宿や平岩」としてリニューアルオープン。情緒ある外観は外国人観光客に人気の様です。

また、元遊廓建築を利用したお店も、ちらほらと見受けられます。

五条モール

元お茶屋さんを利用した「五条モール」。小さなワークショップや、喫茶店、アトリエなどが入ったショッピングモールです。

外装と共に内装も古めかしさがあって、なんともノスタルジック。

五條製作所

いわゆる“カフェー建築”を利用した「五條製作所」。カフェじゃなくてカフェーね。

カフェー建築とは、戦後に生まれた特殊喫茶のことで、女給サービスを売りにしていたお店。外観の多くは、ステンドガラスやタイルをファサードに用いて、いわゆるカフェの様な洒落た雰囲気を演出しているのが特徴的。

五条楽園には和風の遊郭建築と共に、カフェー建築も多く残っています。

五條製作所はそんなカフェー建築のなかに、いくつかのお店が入っています。こちらの内装もほぼ往時の面影を残しています。

“モミポン”なるオリジナル手作りポン酢屋さんがあったので、一本お土産に買って帰りました。本物にこだわって作っておられるだけあって、旨味と辛味がちょうどいい感じで僕的にはお気に入りの味でした。

五条楽園のカフェー建築

サウナの梅湯

そして、明治時代から続く高瀬川沿いの銭湯「サウナの梅湯」

京都の下町文化を守るため、閉業した銭湯を二十代の若き青年が復活させたという有名な銭湯です。

せっかくなので昼間っから、ひとっ風呂入ってまいりました。いやー何年ぶりかな、こういう町なかの大衆浴場に入るの。

全国600軒以上の銭湯を巡った、大の銭湯好きの青年が経営する“老舗銭湯”というだけあって、どこか懐かしい趣と居心地の良さを感じる銭湯でした。

世界の任天堂、発祥の地

日本が世界に誇る大企業「任天堂」。現在も本社は京都市の南区にありますが、創業者の山内房治郎氏が1889年(明治22年)に起業したのが、ちょうど五条楽園のど真ん中あたりなんですねー。

創業当時はこの地でかるたや花札、トランプなどの製造を行っていたそうです。

今も残る旧本社家屋は昭和8年に建てられたもの。丸みを帯びたファサード意匠と幾何学模様で装飾された玄関周りが特徴的。

そして、おもむろに現れる「泰山タイル」らしきタイルたち。

外部に施工されていて、長年の風雨にさらされている為、保存状態はあまり良好ではありませんが、布目の風合いや、昭和初期という建築年から見ても、間違いなく泰山タイルだと思われます。

まとめ

江戸時代に高瀬川の水運と共に発展し、長きにわたって歓楽街としての賑わいを見せた、京都の一大花街。

観光地ではないので、今は人通りも少ない町ですが、数多く残る貴重な建築遺構が「町屋活用」の様に有効活用されて、また当時の様な賑わいを見せる日が来るのを密かに楽しみにしています。

三条、四条から、五条、七条と“高瀬川”を下って、テクテク歩けば、またいつもと違った京都の顔が見えてきますよ。

では、また!

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